プロフィール
地名の由来
「田無」の地名が見られるもっとも古い文献は、
永禄2年(1559)の後北条家の文書「小田原衆所領役帳」で、
「一,大田新六郎知行廿七貫五百文 同田無南沢」
(同とあるのは江戸で,南沢とは現在の東久留米市)と記されています。
「田無」の地名は,「逃水の里」と言われるほどに水に乏しい荒野であったために田ができず,
すべて畑であったところから「田無」と名付けられたといわれてきました。
これは、「新編武蔵風土記稿」の中に記されている。
「土性は黒土にて,皆畑なり,故に{田無村」と称すと云う,されど此辺皆畑の村多し,
然るを当村のみむかく唱ふは外に故ありや,今より考ふべからず」から来ています。
このほかに,日本地名基礎辞典などの書物に述べられている「田成(な)し」が「田無」
となったという説や,田無村は租税の収奪が他村に比べて厳しかったため,
穀類の種類まで奪い取られることもしばしばで周辺の村々では「種ナシ」の村と呼ばれ、
これが「田無」になったという説もあります。
田無の年表
人口の移り変わり