血洗の瀧
       赤磐市



高さ11メートルの2段の滝で、スサノウノミコトが出雲で八岐の大蛇を退治した折に、
血染めの神剣を洗い、滝水で身を清めたことからこの名が残されたといわれています。

どんなに日照りが続いても一度も涸れることなく静寂の中に悠久の歴史を伝えています。
真夏のどんな暑い日でも冷んやりとした冷気が漂います。また、春の新緑、秋の紅葉は見事です。
                        





瀧の下に、血洗池が水を湛えて、この橋の下まで来ている。
威圧感のある神秘的な場所である。

この場所に3度来たが、まともに写真が取れたのは今回だけであった。
ほんとに不思議な場所である。


中国自然歩道から谷の下に降りていくと、昼でも薄暗い滝の音だけが響いていた。
血洗瀧神社の鳥居をくぐってこの奥に瀧がある。


手前から瀧を見ようとすると、自然に茂った枝が邪魔をしている。



赤磐市 石上布都魂神社(石上神社)   (日本書紀と素戔鳴尊について)

仮説の歴史年表(藤本典夫作成)
    310年  百済応援に、吉備の先住民の出雲振根(百済の王子温羅)が筑紫に行った。
           その後、吉備に帰還したが、四道将軍「吉備津彦」に攻められ、殺された。
           吉備の石上神社を大和に移し、石上神宮に遷し加え祭る
       
    (参考)日本書紀神代 八岐大蛇にて
        草薙の剣は尾張にあり、その大蛇を切った剣は、(日本書紀1書第2 いま石上にあり)
        (日本書紀1書第3 吉備の神部にあり)と言われたのが石上布都魂神社

 

    320年  日本 垂仁天皇(第11代天皇即位) 太歳壬辰(庚辰:壬辰272年の48年後)
    320年  高句麗 美川王が10年間所在不明、その間日本に逃げていた。
        石上神宮に剣1000口を納める。「八尺瓊の勾玉」も納めた。
        石上の神宝と呼ばれた。


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作成者 藤本典夫