倉敷市藤戸町


昔、源氏と平家が藤戸合戦を行ったところ。

室町時代になって、謡曲「藤戸」を世阿弥が作り、有名になった。

昭和44年 有吉佐和子氏原作 義太夫「藤戸の浦」が東京で上演された。

義太夫藤戸の浦公演藤戸寺境内に看板あり

笹無山笹無山


先陣庵先陣庵


藤戸寺本堂藤戸寺


1184年(元暦元年)12月藤戸海峡を挟んで、源氏と平家が対峙した。
源氏は、大軍で本土側から攻めてきて、平家は船で、児島の先陣庵につき
源氏は、船がないので、海峡を渡って平家を攻められないでいた。

そこで、源氏の武将 佐々木盛綱は、この海峡を馬で渡れるところはないか
と探していたところ、土地の男が案内してくれた。

佐々木盛綱は、この浅瀬を他の武将に知られては困ると思い、この男を斬殺した。
そして翌日、佐々木盛綱は、この浅瀬を1番に渡り、源氏の大軍がこれに続き、

平家を攻めた。
平家は、健闘及ばず、船で屋島に引き上げた。

殺された男の母親は、「佐々木と聞けば笹までにくい。」と叫びながら
近くの小山のささを抜いたため、この小山には笹が生えなくなった。
これを、笹無山という。


       吉備の国探訪に戻る


戻る

作成者 藤本典夫