吉備津岡辛木神社






拝殿から本殿までの配列が、吉備津彦神社と同じ
やはり、備前の吉備津である。



西の山頂はどこか不明であるが、吉備明現宮と呼ばれていた。

笠井山に登ってみた。



現在地までは、車で登れる。

ここからは、遊歩道を登っていくと、笠井山山頂に登れる。
吉備津の神を祭るとした場合、元宮は山頂に、少し下ったところに神社がある。

吉備の中山では、山頂に磐座があることから、同様に、この山頂にも磐座があったであろう。


大きな岩が山頂に多く見かけた。




笠井山山頂、石で囲んだ建物跡がある。周りの石の配置も作為的だ。
吉備津神社(吉備明現宮)かもしれない。

ここからは、北側に、国府市場近辺の岡山市内が見渡せる。

また、南は、児島湾の海も一望できる。



藤原保則伝などから抜粋
貞観16年(860年)備前権守となった。
国内に大事あれば、必ず自ら、吉備津神社に参拝していた。
あるとき、安芸の賊が備後に入り込み、調の絹を盗んで、備前磐梨郡にきて、宿の主人に備前国司のことを聞くと、藤原保則の善政が行き渡って「仁義を持って教え、国人みな廉潔を守り、信義を重んじる。もし、悪事あらば吉備津の神のお叱りを直ちに受ける。」このことを聞き、翌朝、国府にいたり自首した。



この吉備津の神が笠井山であれば、当時の国府もこの近くにあったと解される。
備前国府について


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作成者 藤本典夫