備前福岡(瀬戸内市長船町)


福岡

一文字
福岡一文字


備前における刀工の歴史は、
@平安時代から鎌倉前期 古備前派 友成・正恒・包平・真恒
A鎌倉前期から鎌倉末期 一文字派(福岡一文字系) 則宗・宗吉・助宗・吉房
B鎌倉中期から明治時代 長船派
 光永・長光・真長・景光・近景(鎌倉期)  兼光・正光(南北朝)
C鎌倉後期から南北朝時代
 一文字派(瀬戸町鍛冶屋付近の吉岡一文字系) 助光・助義・助茂
D鎌倉後期から南北朝時代
 一文字派(和気の岩戸一文字系・正中一文字) 氏吉・吉家



承元御番鍛冶について

後鳥羽上皇は、鎌倉幕府・北条氏に対抗して、全国の手腕のある刀工を召しだして、
毎月月番の刀工を決め、宮中に於いて刀を鍛えさせ、十六葉の菊花を彫って菊造と
し、特に優れた者には、一の字を彫らせて、全国の武将に与えた。

承元2年正月(1208年)の承元御番鍛冶次第では、

「正月」則宗(備前吉岡住、又は福岡住)  「二月」貞次(備中)
「三月」延房(備前福岡)   「四月」国安(粟田口)  「五月」恒次(備中)
「六月」国友(粟田口)    「七月」宗吉(備前福岡) 「八月」次家(備中)
「九月」助宗(備前大一文字) 「十月」行国(備前)   「十一月」助成(備前)
「十二月」助延(備前福岡)  「閏月」國久(粟田口)

粟田口は京都市、備中は岡山県倉敷市青江。備前、備中とも岡山県である。


その時代の出来事:
         1199年 源頼朝他界
         1205年 新古今和歌集編纂
         1219年 源氏が滅ぶ・北条氏の時代
         1221年 承久の変おこる



備前福岡は、福岡県の名前の由来の地として有名。中世福岡の市で有名なところ。 古くは上道郡(上東郡)であった。 足利尊氏が逗留したとか、福岡の商人が、 岡山の表町商店街の基礎を築いたとか、備前で最もよく知られた土地である。

最寄りの駅:赤穂線備前長船駅


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作成者 藤本典夫