岡山市沼  亀山城




亀山城

岡山市沼の亀山城跡で、平成8年に岡山城築城400年記念
イベントが行われ、武者姿の地元の人多数が出演した。  






隊列

沼城から隊列を組んで出陣この写真の森の中に新幹線の
高架が見える。   昔も今も東西交通の要衝である。



宇喜多直家が、備前を統一する拠点とした城である。

亀山城が栄えた時代:
   永禄2年(1559年)2月 宇喜多直家が舅である中山備中を刺殺し、城を乗っ取った。
   永禄4年(1561年)宇喜多家臣 岡清三郎 謀略で竜の口城主暗殺
   永禄5年(1562年)御津町金川城主松田氏に直家の娘を嫁がせる。
   永禄9年(1566年)備中成羽城主三村家親を久米南町興禅寺で宇喜多方が狙撃し射殺した。
   永禄9年(1566年)尼子氏滅亡
          宇喜多氏は、毛利氏を裏切り、尼子勝久と連携、その後、また毛利氏とも連携した。
   永禄9年(1566年) −−家親暗殺に対し--三村五郎兵衛70余名で弔い合戦亀山城に迫る。
   永禄10年(1567年)春 三村氏が弔い合戦のため備前に進出、備前最大の明禅寺合戦となる。
          宇喜多方5000騎、三村方20,000騎であったが宇喜多方が勝利した。
   永禄11年(1568年)7月 御津町金川城主松田氏が宇喜多直家に滅ぼされる。
   元亀元年(1570年)岡山城主金光宗高を切腹させ、岡山城を奪う。
   天正元年(1572年)秋 直家岡山城に移った。直家は、33歳から45歳まで13年間亀山城で過ごした。

そして、山陽道を山際から、南に付け替え、岡山市宍甘(しじかい)から平野の中を岡山城下、万成を越えて、岡山市辛川とした。

最寄りの駅:山陽本線上道駅下車、車で5分

           

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作成者 藤本典夫