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2019 11 2

人生ではじめて買った若者向けの小説が氷室冴子作品でした。進研ゼミだったと思うんですけど、『なぎさボーイ』『多恵子ガール』が紹介されてたんですよね。その氷室冴子の名前を冠する文学賞のクラウドファンディングが実施されてます。

氷室冴子はライトノベルをはじめとする若者向けの小説に多大な影響を残しているのですが、一方で、氷室冴子が活躍していた集英社コバルト文庫や少女小説は、ライトノベルに含めるか否かでたびたび論争になっているんですよね。

定義的には、ライトノベルは「若者向けのエンターテイメント小説」で、少女小説は「少女向けの小説」なので、コバルト文庫はもちろん、大部分の少女小説はライトノベルに含まれます。ただ、私も少女小説にはまっていたので、少女小説をライトノベルへ含めることの違和感はわかるんですよね。そこで、少女向け小説の歴史を振り返りつつ、氷室冴子の功績やライトノベルとの関係について、簡単にまとめてみました。

1980年代、若者向けの小説は、氷室冴子からはじまった

少年向け、少女向けの小説は戦前からありましたが、戦後、漫画に駆逐されていきます。1970年代頃になると少女向けで生き残っていたのは「ジュニア小説」と呼ばれる性愛をテーマにする小説だけになっていたそうです。性愛をテーマって、要はエロ小説ですよね。

このエロ小説しかなかった1970年代後半にデビューしたのが氷室冴子です。

氷室冴子はデビュー当時はまだ学生だったハズで、その若手作家が同世代に向けて書くことで、10代女性の絶大的な支持をえていきます。出世作となったのは女子校寄宿舎を舞台にした青春小説『クララ白書』。その後、平安時代を舞台にした『なんて素敵にジャパネスク』が1980年代のコバルト文庫の看板作品になっていきます。

コバルト文庫が画期的だったのは、氷室冴子のように若手作家を積極的に登用していった点です。それ以前の伝統的な少年少女向けの小説って、大人が子供に書く子供向けの小説だったんですよ。そこに若手作家が若者に向けて書く小説が登場し、中高生~大学生辺りの若者をターゲットとした小説市場を開拓していったわけ。若者向けの小説って、いつの時代もなかなか大人に理解されないんですが、その大人には理解されない小説でもちゃんと売れることを証明し、新しい市場を作っていったのが初期のコバルト作家たちで、その中の代表的な作家が氷室冴子になります。

このコバルト文庫の開拓した若者向けの市場にむけて、やがて、講談社ティーンズハートや角川スニーカー文庫、富士見ファンタジア文庫が参入していきます。また、コバルト文庫の採用した、若者向けの市場に対して若手作家を積極的に採用していくスキームは、その後のライトノベルやケータイ小説、今のなろう系の小説にも引き継がれています。氷室冴子って、ライトノベルやヤングアダルト、なろう小説やケータイ小説を含むすべての若者向け小説の始祖的な立ち位置を占める作家で、めちゃくちゃ凄いんですよ。日本のライトノベルへの最大の貢献者の名前を挙げるとしたら、個人的には、氷室冴子か新井素子になると思います。

ちなみに、この氷室冴子ら初期のコバルト作家を売り出すために編集部が使ったのが「少女小説」という呼称で、主に、1980年代~1990年代前半にかけて多用されました。そのため、「少女小説」を少女向けの小説という意味ではなく、この1980年代~1990年代前半にかけて出版されたコバルト文庫やティーンズハートなどの青春小説や恋愛小説のみを指して使う人も多いです。少女小説を語る上でたびたび混乱するのは、「少女小説」を青春小説や恋愛小説の意味で使ってる人が多いことも原因です。

1990年代、少女小説の絶滅とファンタジー小説の台頭

氷室冴子たちによって切り開かれた少女小説は、花井愛子に代表されるティーンズハートの創刊により、バブルへ突入していきます。ティーンズハートの創刊は1987年。ティーンズハートは、コバルト文庫と異なり徹底したマーケティング戦略で小学生~中学生をメインターゲットにし大ヒットを飛ばします。この少女小説バブルの頃は、無名の新人でも、出せば数万部は確実に売れていたそうです。ただ、バブルがはじけるのは意外に早く、1990年代半ばには、後追いのレーベルを含めて、ほぼ壊滅してしまうんですね。

氷室冴子が切り開き花井愛子が拡大させた青春小説や恋愛小説を中心とした「少女小説」は、結局、団塊ジュニアとその妹たちの世代をピンポイントに狙い大ヒットを飛ばしたものの、彼女らが大人になり卒業していくと、その下の世代には全く見向きもされず、そのまま消えてなくなりました。ここに、少女向け小説の深い断絶があります。

ただ、この時すべての少女向けの小説が絶滅したかというと違います。1980年代後半になると、若木未生や前田珠子、小野不由美などがデビューし、彼女らの書くファンタジー小説が、その後の少女向け小説を牽引していくことになります。「ライトノベル」という言葉が生まれたのもちょうどこの頃で、「ライトノベルはスニーカー文庫やコバルト文庫をまとめて呼ぶために作られた」ことが知られてますが、ここでいうコバルト文庫って、先の青春小説や恋愛小説の系統ではなく、ここで新しく生まれたファンタジー小説の系統を指すハズなんですよね。これも、「コバルト文庫をライトノベルに含めるか?」という議論の中で忘れられがちなポイントだと思います。

2000年代、ライトノベルブームと少女向け小説

「少女小説」の絶滅とともに多くの少女向けレーベルが消滅したんですが、2000年代になると、再び、少女向けのレーベルが創刊されてくるようになります。その端緒となったのは、2001年創刊の角川ビーンズ文庫。角川といえば、もちろんライトノベル市場を牛耳るあの角川書店です。ビーンズ文庫は、角川スニーカー文庫をルーツに持つ角川ルビー文庫から派生したファンタジー小説専門のレーベルとして登場しました。そして、このビーンズ文庫創刊の直後に来るのが、『マリア様がみてる』のブームとライトノベルブームです。

『マリア様がみてる』のブームは、2000年代の少女向け小説を語るうえで非常に象徴的です。内容的には、「少女小説」の絶滅前に流行った青春小説で、氷室冴子の影響を色濃く残した内容なんですが、これが広く男子にも受け入れられるんです。絶滅した「少女小説」は、女子のみ、しかも、ごく狭い世代にしか受け入れられなかったのですが、2000年代の少女向け小説は、この『マリア様がみてる』のように、比較的幅広い読者層に受け入れられていくんですよね。

2003年からはじまったライトノベルブームでは、少年向け少女向けかまわず紹介され、コバルト文庫の『マリア様がみてる』『流血女神伝』、ビーンズ文庫の『彩雲国物語』が人気投票のランキング上位に入るようにもなります。この頃になると、少女向け小説は、「少女小説」ではなく「少女向けライトノベル」と呼ばれるようにもなります。個人的にも、例えば、ビーンズ文庫を「少女小説」というとすごく違和感あります。ビーンズ文庫って、「少女向けライトノベル」ですよね?

少女向けの小説は、1960年代70年代エロ中心の「ジュニア小説」から、1980年代90年代前半の青春・恋愛中心の「少女小説」、2000年代のファンタジー中心の「少女向けライトノベル」と呼称も内容も変遷してきています。若者向け小説自体も、「ジュブナイル」から「ヤングアダルト」、そして「ライトノベル」と呼称は変わってるんですが、少女向けは内容も大きく変化しているので「ライトノベルと一緒にするな」と言いたくなるわけです。特に、私を含む団塊ジュニアとその妹たちの世代は、「少女小説」に対するこだわりがめちゃくちゃ強いので。

2010年代、コバルト文庫の凋落と少女向け小説の現状

2010年代、最近の少女向けの小説を押さえようと思ったら、以下の記事が詳しいです。

2000年代からの大きな変化は、コバルト文庫の凋落とライト文芸となろう系と呼ばれるWeb小説の登場です。

長らく少女向け小説を牽引してきたコバルト文庫は、コバルトシリーズの創刊当時から新井素子のSF作品を出し、1980年代にはいち早くファンタジー小説を導入し、2000年代には、先の通り、幅広い層に受け入れられていました。確か、2000年代のインタビューでも「幅広い読書層に支持されており、特定のターゲットは設定していない」と言っていたのですが、2000年代後半に、なぜか、コアなファン向け?に方針を転換。どんどん読者が離れていった結果、今は、実質的に、電子書籍専門のレーベルになっています。また、もう一つの老舗、ティーンズハートから派生した講談社ホワイトハートも刊行点数を大きく減らしています。今の少女向け小説の中に1980年代の伝統的な「少女小説」の残滓をみることはほとんどできません。

ただ、2000年代からのファンタジー小説など幅広い層に読まれるタイプの小説は引き継がれています。そもそも、ライト文芸やなろう系レーベルは、必ずしも男性向け女性向けを明示してないレーベルも多く、はじめから幅広い層を狙って出版されてたりもします。例えば、今アニメが放映されている『本好きの下剋上』は明らかに少女向け小説の系譜に連なる作品なんですが、「少女向け」を強調してないですよね。今後は、少女向け少年向けをこだわらない作品が増えていくんじゃないでしょうか?

[ 少女向け小説の歴史と氷室冴子とライトノベル ]