双眼鏡の中でも、接眼部が折れ曲がった対空式の双眼鏡は星空観望に最適だ。 天頂方向まで楽な姿勢のまま観望でき、何時間でも星空を楽しむことができるからだ。 何機種かの対空双眼鏡を使い、紆余曲折を経て、口径10cm以下クラスの対空双眼鏡は HIGH LANDER PROMINAR に落ち着いた。
この双眼鏡を星空観望に使う場合、標準の32倍アイピースが最適だとの意見を聞く。 実際、70度の見掛視界の周辺まで良好な星像で、これで見る広々とした星野は実に気持ちが良い。 瞳径は2.6mmと小さいのだが、コントラストが高くヌケが良いので、星雲のディテールも良く分かる。 しかし、もう一つの理由は21倍アイピースにあると思う。 21倍は視野周辺部の星像が円周方向に流れてしまうので、天の川など星が密集している星野の美観が若干損なわれるのだ。 流れると言っても、昼間の景色では全く気にならない程度なので優秀なアイピースだと思うが、32倍アイピースの性能が特に素晴らしいだけに気になってしまう。
また、 TeleVue Nagler 4.8mm アイピースや、 MEADE 4000シリーズ UW 4.7mm アイピースも加工すればピントが出るという情報を見つけた。 早速、 遊馬製作所 さんにお願いして、Nagler 4.8mm の短縮加工(バレル下部の切断)をして頂いた(右下写真)。 スペックは、倍率 94倍、瞳径 0.9mm、実視界 0.87度、見掛視界 82度となる(こちらはフォーカスにも余裕がある)。 このアイピースで土星を見ると、50倍では確認できないカッシーニの間隙(土星の輪の中にある細い隙間)も見る事ができる。 約100倍の倍率でもシャープネスが維持されており、色収差補正も十分で(土星で見る限り色収差は全く出ない)、この双眼鏡の光学性能は本当に驚異的だ。 これで、19倍、21倍、32倍、50倍、94倍の倍率が出せる様になり、まさしく『双眼望遠鏡』になった。
ところで、ハイランダーのアイピースは、バレル先端の独特の構造がスリーブ内部の構造と噛み合って固定される仕組みになっている。 よって、噛み合う構造を持たない望遠鏡用の31.7mmアイピースを流用した場合、バレル・スリーブ間の僅かな摩擦以外にアイピースを固定する機構が無く、双眼鏡を天頂に向けたときにアイピースが自重で滑り落ちて来てしまうことがある。 そこで、改造31.7mmアイピースのバレルの落下防止溝には、ポリウレタン製0.3mm厚の黒いバンドを嵌めて摩擦を増やし、滑り落ち防止にしている。
もともとは純正三脚と純正マウントを使っていたのだが、これらは大きく重すぎて遠征の際に不便なので、 三脚は GITZO の G1340 MK2 + ギア式センターポール G338 にしている。 雲台は初め Manfrotto の 503 だったが、その後 503HDV を経て、現在はナイトロテック N8 にしている (右写真)。 雲台の仰角可動範囲は-90度〜+60度だが、パン棒を右上写真の様に逆向きに取り付けると-60度〜+90度になり、天頂方向へ向けられるようになる。 N8のカウンターバランスは8kgまで連続無段階で調整できるので、完全にバランスさせられる。 完全にバランスした状態でドラッグをOFFにすると人差し指1本でも動かせ、なかなか快適だ。 椅子に腰掛けながらパン棒で双眼鏡を自由自在に操っていると、まるで宇宙遊泳をしているかの様だ。 雲台への機材の装着はクイックシュー方式なので、簡単に機材を載せ変えることができるのも良い。 N12にしようか迷ったが、小型双眼鏡で使うことも考え、カウンターバランス0kgにできるN8にした。 また、ビデオ雲台は比較的コンパクトで三脚に装着した状態で車に載せたままにしておけるので、利便性はかなり高いと思う。
この双眼鏡で見る星野は本当に素晴らしい。 優秀な対物レンズの性能のおかげで星像が引き締まっていて、星々の輝きはとても鋭い。 そのせいなのか、視野全体がとても透き通っている感じがする。 透明感溢れる星野は、特別な星雲や星団が無くてもそれだけで美しく、双眼鏡を星空のどこへ向けても、素晴らしい光景が視野内に広がるのだ。
片手で軽々と持ち上げられるコンパクトさでありながら、高性能天体望遠鏡に匹敵する光学性能を持ち、星野はもちろん、月面や惑星までをもカバーする。 しかも、両目を使って見るので、片目で見るよりも近くに星空を感じ取る事ができ、素晴らしい光学性能と相まって、口径から予想されるよりも遥かに高い満足感が得られる。 さらに対空式なので観望も快適。 この対空双眼鏡は、星空観望道具の一つの理想形を実現していると思う。
これからも長きに渡って、様々な光景を楽しませてくれそうだ。
追記 (2018/08)
私の場合、望遠鏡はもちろんカメラレンズも「保護フィルターは付けない派」だ。 だから、ハイランダーも当初は保護フィルターを付けていなかったのだが、ある時、性能に殆ど影響がないと教えて貰った。 実際にMCプロテクターを付け94倍の土星で試してみたところ、「言われてみればカッシーニの間隙の解像が気持ち違うか?」という程度の差しかなかった。 それ以来、メンテナンス性のメリットを考え、ハイランダーにはずっと保護フィルターを付けてきた。
あれからもう10年以上になるだろうか。 技術の進歩は素晴らしく、超低反射コーティングと撥水・撥油コーティングが採用され、更にここにきて平坦性の向上だ。 そろそろ更新しても良いだろうということで、今回購入に至った。 ZXフィルターの有無で解像力がどれだけ違うのかは、もう面倒なので調べるつもりもないが、MCプロテクターより性能が向上しているのだから、94倍では差は分からないレベルだろう。