3年間のアメリカで暮らしの間、日本での外科医生活とは異なり、研究者として慎ましく生活していました。締めるところは締めて節約するのが合理主義でもあります。そんな留学生活半ばの出来事です。
ある日私は、ウォルマートという激安スーパーに行きました。メガネの蝶番のネジが外れて無くなり、ツルがもげたので、スーパー内のメガネ売り場で修理してもらおうということでした。メガネ売り場には、客数人と3人の店員がいました。店員の一人は接客中、もう一人は機械の操作中、あとの一人は通路に向かって立って、特売品を手に、話しを聞いてくれそうな客を物色していました。私の相手をしてくれそうな店員は、この『小太りの特売君』だけのようでした。なんといって切り出そうか、まず、この特売君を振り向かせて、、、などと考えつつ、彼に一歩近づきました(白人男性はおおむね日本人より背が高いので、圧倒されないように注意が必要!!)。と、雰囲気を感じて、こっちを向いた彼と目が合ってしまいました。(以下、本当は英語の会話です。)
特売君:(どんなごようで?)
私:(あの、メガネが壊れたので直して欲しいのです。)
ポケットから、壊れたメガネを取りだし、自信なげに用件を切り出します。
私:(蝶番のネジが抜けてしまったのです)
彼の目には、困っている、『貧乏な東洋人』と映っていることでしょう。
特売君:(わかりました、こちらへどうぞ)
売り場の中に通されました。修理カウンターの前で作業をのぞき込んでいたら、彼は、親切にも椅子をすすめてくれました。外見に似合わず、特売君は、礼儀をわきまえた紳士でした。 自信と確信に満ちあふれて作業を進める特売君。作業は素早く、しかし若干荒っぽいものでした。
私の観察では、ネジの径は共通で、フレームにより、ネジの長さがまちまちのようでした。作業としては、長目のネジを差し込んで、回し終えたあと、余ったネジ足をペンチでブチッと切るという寸法です。
ネジの切り口がささくれ立っていましたが、気にする様子はありません。レンズに洗剤をふきつけ、拭く余裕をみせ、一丁上がり。 なんちゅー荒っぽい仕事じゃ。拭いてくれたレンズを斜めに見ると、洗浄液がまだらに膜になっている。きたない。これでいくらとられるのだろう?しかし、メガネを買い直す手間(米国では処方箋が必須)を考えれば多少のことに文句は言えません。
ちょっと、ひるんで、おずおずとたずねる私。
貧乏な東洋人の私:(それで、いくらになりますか?)
特売君は一仕事終えたスーパーマンのような涼しい目で言いました。
特売君:(ただでいいよ。)
仕事内容を考えれば、ただ同然なのですが、材料代も手間賃もかかっています。外見同様太っ腹ではないか、特売君!
貧乏な東洋人の私:(おー、さんきゅー)
ウォルマートに出現した、にわかスーパーマン。困っていた東洋人を助けた後の余裕の表情が決まっていました。涼しい目で最後の一言。
特売君:Have a good day!(ごきげんよう!!)
シュワちゃんの「I’ll be back.」に匹敵する決め台詞で、見得を切った格好です。私は彼の演技?に呑まれてしまい、貧乏な東洋人役になりきってしまいました。
貧乏な東洋人の私:(ありがとう、本当にありがとう)
感動した声で礼を述べました。
ペンチでブチッと切ったネジは、径が変形しているので、きっと二度と抜けないのだろうな。なくしたネジが見つかったらどうしよう。などと考えつつ車に戻りました。ネジが抜けないのが、良いことなのか悪いことなのか、にわかに判断できませんでしたが、メガネの蝶番を直して欲しいという私の要求は、見事にかなえられました。アメリカ人なら文句なしの状況です。 私は、スーパーマンに助けられた、ラッキーな東洋人として、目が点になりながらも、感動の二文字を背中に漂わせて、ウォルマートをあとにしたのでした。
(2006/06/21記す) |