腹部外科医として駆け出しの時に、先輩に教わった言葉である。乱暴な物言いにカチンと来る方もいるかも知れない。しかし、これはかなりの名言なのだ。とりあえず『女性を見たら妊娠させろ』ではないので安心していただきたい。
腹痛の女性患者を診る場合、小学生でも尼さんでも生理的に妊娠可能なら必ず疑ってかかれという意味である。腹痛が子宮外妊娠なら診断の遅延は命に関わる。また、形成されたばかりの小さな生命に気づかずに放射線検査をするのは、特に器官形成期の胎児には非常に危険である。さらにまた、若い女性患者の場合、親と一緒だと、本人が妊娠に気づいていても、真実を言い出せなくて、頚を横に振る場合もある。詐病(仮病)の逆のケースだ。親に聞かれないように、看護婦さん(男医者には言いにくいかも知れないので)にそっと訊いてもらうこともある。
アメリカでも、これは医師が問診で必ず確認しなければならない項目だった。さらに、男女問わず疑わしい患者にはエイズの可能性や性の趣味まで訊くことも必要と教育された。不十分な診察は訴訟の餌食であるから、もじもじせずに、なるべく明け透けに訊くことにしていた。それでもウソを言われる場合は仕方がない。
左様なわけで患者様は、事情によってはウソを言うことは常に知っておかねばならない。癌の化学療法では、治りたい一心で、副作用を申告してくれない患者もいる。気丈なことだが、さじ加減を間違えれば、命に関わる場合も考えられる。逆に必要な治療なのに、経済的な心配で、治療を断る患者もいる。そんなときは社会扶助制度が助けになるかも知れないので、窓口の所在を病状説明の一文に織り込んでおいたりする。
『患者を見たら嘘つきとおもえ』では言い過ぎだが、うぶな青年外科医だった頃には、『女を見たら妊娠とおもえ』に救われたこともある。『事実は小説よりも奇なり』という患者模様は意外に少なくない。
(2006/08/20記す) |