お父さんのエッセィ

『外科医の『宅』直日誌2 -生き物係を科学的にやってみる-』(2009/12/29)


『外科医の『宅』直日誌2 -生き物係を科学的にやってみる-』


 ウリ坊のようにコロコロ太ったアメリカンショートヘア(シリウス君といいます。本来はおおいぬ座の星の名前ですけどね)を飼っている。当初、子供たちが餌とトイレの世話をしていた。息子は大学生となって家を離れ、娘は思春期特有の潔癖性のなせる業か、物事を見きる性格の故か、ネコの世話の手抜きを始めてしまった。いつの間にか、私が生き物係になってしまった。
 餌皿にドライ・キャットフードを山盛りにしておくと、先代のネコは、上手に数日かけて食べてくれていた。ところが現在の座敷ワラシ・シリウス君は、出せば出すだけ食べてしまう。結果、体重8kgのウリ坊が出来上がってしまった。仕方なく、餌は毎朝・毎夜、都度消費分のみをサーブしている。皿に餌を出して、食事中に声をかけ、背中や尻尾をなでてやる。そして汲み水を取り換え、トイレの猫砂を整備する。ここまでが、朝夕の日課になった。水も最初は電動ファウンテンを用意したが、シリウス君に拒絶されてしまった。まったく手のかかる猫である。
 執事か奴隷か知らないが、この生き物係は、シリウス君を撫でまわすという特権はありますが、臭くて地味な作業がモチベーションを下げます。そんなある日、私はネコの調教を思い立ちました。食にどん欲な彼(シリウス)の性格を利用して、餌をサーブするときに、すぐに皿に入れずに、彼の頭上で餌を入れたスプーンを揺らして見せて挑発するのです。空腹の彼は、早く餌がほしくて、手を上にあげて立ち上がります。犬でいうところのチンチンで更に両手を挙げたポーズです。朝夕5回ずつ立たせます。結構かわいいポーズです。結果はすぐには出ないと思っていましたが、とりあえず、私は奴隷から調教師に格上げになった。こうなると娘も面白がって給餌係に復帰するようになった。
 半年も過ぎた12月、試みにスプーンを持たずに、餌皿の上で、同じ動作で手だけを揺らして見せた。空っ腹の彼は、習慣に従って立ちあがった。スプーンを持っていないことに若干の違和感はあったようだが、条件反射には勝てなかったらしい。やった!パブロフの犬、水族館のアシカに引けを取らない芸である。間宮家のネコ、芸をするネコの誕生であった。
 その後の進展は、更に興味深い。シリウス君には気の毒だが、一回の給餌量を若干減らした。満腹にたどり着けない彼は、餌皿を空にした後、不満を表明しにやってきます。調教師としては心を鬼にして無視です。数日後、理不尽な扱いに納得できない彼は、頭上で手を揺らさずとも、餌皿の前でなくとも、自発的に立ち上がり、『餌ください!』とアピールしたのです。条件反射から、ボディランゲージへの進化の瞬間でした。もちろん、ご褒美に餌を少しだけ与えます。餌の総投与量が多くなることに、妻と娘は渋い顔です。巨大ネコの健康を心配してのことですが、シリウス君はどこ吹く風。たりなければ、また立ち上がって二度目のアピールまでしてみせるようになりました。
 そのたびに喜々として餌を与えにいく私。彼に条件付けされた『パブロフのヒト』も誕生したわけです。
(2009/12/29記す)