お父さんのエッセィ

『元外科医のヒマラヤ修行(2) 山の神の来訪』(2010/10/28)


『元外科医のヒマラヤ修行(2) 山の神の来訪』


 ネパール着任後4ヶ月になろうとしている。首都カトマンズは標高1300mの盆地に位置する都市だ。近隣を合わせた平地の面積は、郷里旭川のある上川盆地と大して変わらないように思う(資料なし)。旭川との違いは、こちらは盆地周囲の山が険しいため、雪を頂いた美しい山々を見渡せないことだ。ヒマラヤ修行と銘打った寄稿ではあるが、ヒマラヤ山脈はまだ一回しか見ていない。
 お恥ずかしい限りであるが、いくつかの言い訳がある。ひとつには、夏は雨季(モンスーン)で、雲が多いので、 遠い山々はそもそも見えない。また、着任後、2ヶ月で2回腹をこわしたため、旅行客でない立場としては、観光を急がなかったという事情もあった。ちなみにカトマンズの西200kmにあるポカラという街は、居ながらにしてアンナプルナ連峰などを望めるとのこと。飛行機でひとっ飛びなので、いずれは訪問したい。
一方、東のエベレストを見る場合には、ちょっと大変で、ネパール国内の移動であるが、最短でも5日は必要らしい。これではちょっと土日に見に行くというわけにはいかない。

 さて、お腹の調子も落ち着いたお盆の時期、日本に祭っておいた山の神(妻)が、長女をともなって当地を訪れることになった。単身赴任の生活ぶりの視察と慰労というわけだ。往復共に途中泊があり、当地には4泊とのこと。カトマンズ盆地内に点在する世界遺産5つほどを観光し、アーユルベーダのオイルマッサージを体験させると、とてもエベレストまでは行けそうにない。
雨季なのでヒマラヤ遠景もまず無理。しかし、折角来てくれるのだし、当地に良い第一印象を持ってほしかった (私のいだいた第一印象は余り良くなかった=前回号)。妻子に、「もう来たくない」といわれては大変である。そこで一計を案じた。ガイドブックにも出ているのだが、大使館内の現地職員から情報を得て、エベレスト遊覧飛行を手配してみた。遊覧飛行も天候次第だが、フライト中止ならチケットは翌日への持越しが可能とのことで、到着翌日からの4日間で空に上がれればOKと、勝負に出てみた。

 到着の翌朝、5時過ぎに迎えの車にのって空港に出向いた。夜は開けきってなかった。雨ではなかったが分厚い曇天であった。うらぶれた国内線ターミナルのそばで車を降ろされた。チケットをにぎらされ、その建物の方へ行け、行けば分かるといわれる。早朝のため建物はまだ開いてなかった。心細かったが、一般路線の旅行者にまじって開門を待ち、中へ。チケットに書いてある航空会社のカウンターを探す。
ブッダエアーという航空会社だった。Top of the Worldのさらに上、天上界まで行けそうな社名だが、戸板一枚の幅の屋台のようなカウンターの前で地上職員が来るのを待つ。そしてチェックイン。受け付けられたということは、飛行機は飛びそう、ということ。
山々の絵が印刷してある紙を一枚渡される。カラーのパンフレットではなく、貧相な白黒プリントだった。 さらに出発ロビーで待機。少しして同じく遊覧飛行待ちの西洋人観光客も現れ、少し安心する。 やや待ってからボロボロのバスで小型飛行機にむかう。双発機は、乗客13-4人乗り。 座席は通路を挟んで1列ずつ。機長と副操縦士のいるコックピットは客室から丸見え。 飛び立って、厚い雲の上に出ると、直ぐ横に雪山が見えた。
キャビンアテンダントが客席をまわりながら、山々の説明プリントと窓外の景色を対比させて、山の名前を教えてくれる。
貧相なプリントだが、分かりやすく作られていた。やがてお目当てのエベレストに近づく。
客は一人ひとりコックピットに招かれ、操縦席の窓越しに正面からエベレストを拝む。
エベレストは小さくしか見えなかったが、それでも興奮の体験だ。妻子も満足そう。
約1時間で遊覧飛行は終わった。帰り際に、「一生の思い出」と書かれたエベレストの写真パネル(B5大)を手渡された。いいお土産である。飛行機をバックに記念写真をとって、ゲートを出る。
先ほどの送迎車で宅に戻る。時計は、まだ8時前であった。
朝御飯のあとで、ガイドブックを片手に、地上からエベレストを見るのがいかに困難な行程かを説明し、 また、この朝飯前の飛行が、とても珍しい体験であると付け加えて、この企画を自画自賛したことは言うまでもない。

 4泊5日の滞在など、すぐに終わってしまう。当家の山の神は、絶景や世界遺産観光も楽しんだ様子であったが、彼女が一番楽しんだのは、得体の知れない土産物屋でのショッピングだったかもしれない。値札のない店で、パシュミナや民族的デザインのバックを品定めして値切る様子は、私にとっては異邦人(エイリアン)であった。それでも、それを見るのは、私には楽しいことだった。


(2010/10/28記す)