夕暮れ、帰宅ラッシュのカトマンズ。車窓から見える無秩序の世界。
(説明しよう。カトマンズの交通マナーの悪さは、何度か紹介しているが、温和で礼儀正しい民に相応しからぬ利己主義ドライバーによるカオスの地獄絵図である。そして、ネパールには信号機がほとんどない。センターラインを守る習慣がない(平気で反対車線を走る)のだから、信号機を設置しても守る人間がいるはずもない。それで、主要交差点には交通警官が立っており、笛(警笛)を吹きながら車をさばいている。ハンドルを握ると、我先にとマナーのかけらもない運転(超利己主義モード)になる異文化の民も、権威を恐れ尊重する理性は持ち合わせている。平たく言うと、『おまわりさんが恐い』らしく、交通整理という秩序は成立する。人口も多いし、信号機よりは人海戦術ということでもあろうか。
蛇足ながら、当地の交通警官に交通整理の技術指導をしたのは、日本人の警察官であるとのこと。
それにしても行儀の悪いバイクが、信号待ちの列に刺さりこんでくる。。。)
その通勤路のラッシュの車窓で、いつも気になる人物がいる。年の頃なら5-60代の痩せた女性なのだが、道路工事作業員用のオレンジ色の蛍光ベストと黄色のヘルメット着用し、笛をくわえて懐中電灯を片手に、交差点近傍の違法駐停車の車をさばいている。じめじめした雨季の日も、排ガスに沈む乾季の日も彼女はそこに立っている。もちろん交通警官も直ぐそばで仕事をしている。してみると、警官公認もしくは黙認の交通整理おばさんというわけだ。日本ではあり得ない光景である。
日に焼けた顔で、夕方のラッシュ時のみ出没する不思議な交通整理おばさん。彼女に誘導される謂れはないのだが、渋滞をさばいてくれるのだから、目くじらを立てることでもない。でも、なんで『大和ハウチュ』なんだろう?想像は膨らむ。家族が交通事故に遭って、ボランティアで交通整理を始めたのか?交通マナーの悪さに憤って正義を示すべく立志したものか?それにしても、眼に異様な光が感じられるなぁ。してみると、彼女は単なるやりたがりの趣味人なのか?この瞬間、ドライバーを指図することに快感を見出しているのではないか?私は、この想像が気に入った。言ってみれば『ナベ奉行』ってわけだ。彼女の生業が何かは知らないが、その日一日の仕事をこなした後、どこで手に入れたのか、件のベストとヘルメットを着用し、懐中電灯と笛で武装して、趣味の時間に突入というわけだ。仕切るという行為・擬似的権威の行使で欲求を満たすのは、ある意味、ハンドルを握ると超利己主義モードになるドライバー達と同根のような気もするが、社会貢献の側面があるだけに、このおばさんのには好感が持てる。
いずれ真相を聞いてみたい気はするが、ラッシュの交差点で車を止めるわけにはいかないし、だいいちネパール語がわからない。今日も車は止めず、彼女の指図に従う。カオス鍋を仕切るナベ奉行の愉悦を目撃するという、密かな妄想に愉悦する私。カオスへの嫌悪を忘れる人間ウオッチの瞬間である。
(注:カトマンズ・メトロポリタン・シティとは、カトマンズ市の正式名称です。)
(2012/02/28記す) |