この春、休暇の権利をやり繰りして、一時帰国した。残雪の旭川、我が家に辿り着き、玄関を開けた。奥の廊下を歩いていた2匹のネコが視界に入る。チビたちは同時にこちらに顔を向けた。
長男ネコ・シリウス(もうすぐ9歳)は、瞬時に私を【お父さん】と認識したようだった。次男ネコ・ソックス(0歳)は、背中を丸め、毛を逆立てて『あんた、誰やねん。ここは、わいの縄張りやどー。』と威嚇のポーズをとった。
『おいおい、ソックス、冷たいじゃないか。君に会いに数千マイル飛んできたというのに。』
親が思うほど、子は親のことを思わず、いわんやネコをや、なのか。一日がかりの旅の疲れが、背中から腰に重たかった。。
ところが、玄関の内戸を開けた5秒後には、この薄情者のソックスが、尻尾を立て黒目を丸くして足元にすり寄ってきた。かわいい。臭いで父親を認識したのかもしれないが、気まずい状況を察したシリウスが、急いでソックスに忠告したように見えた。ネコ語はわからないが、『あれ、お父さんだよ。しっぽ振らないと、大変なことになるよ。』(と言ったと私は確信している。)ともあれ、気まずい再会の後、ネコたちと私は、まったりと時間を過ごす仲に戻ることができた。
さて、父の不在中、チビたちはどう過ごしていたのか?肥満の長男シリウスは、ちょっとしょぼくれていた。9kgの体重が7.4kgまで減っていた。どうやら、やんちゃな次男ソックスとのジャレ合いや喧嘩ごっこで運動量が増えたらしかった。良い兆候ではあるが、ソックスがさらに成長して、力関係が逆転すると、今度はシリウスの命に関わる可能性も出てくる。昨秋に心優しくソックスを受け入れたシリウスとしては、哀れな展開である。かねて、かかりつけの獣医さんから警告されていた事象だったが、そろそろ現実味を帯びてきているのかもしれない。獣医さんから提案されていた解決策は、去勢手術(玉抜き)だった。同じ男としては何とも忍びない手術だが、シリウスの老後を安寧にするためには、痛み分けという姿勢が必要に思われた。
マンガの則巻アラレちゃんのように、天真爛漫に『うほほーい!』と跳ね回るソックスを見ていると、【玉抜き】など、気の毒極まりなかった。しかし二匹の共生平等を唱える我が妻の強い意向を受けて、私は心を鬼にして手術を予約した。いくつかの日取りを提案されたが、4月4日を決行日とした。段取りを付けてから妻に報告したところ、『3月3日と5月5日のちょうど中間だから、オカマの日ね。うまい日にしたわね』とのことだった。気の毒のなかにも笑いをとる結果となって、文字通りの苦笑であった。
手術当日の昼前、空腹でご立腹のソックスを病院に運んだ。もしものときの書類にもサインを求められた。我が子の手術、心穏やかではなかった。しかし、手術自体は若い獣医さんより私の方が場数を踏んでいる。外科医としてのプライドで、私は平静を装っていた。ちなみに、獣医さんにプレッシャーをかけたくなかったので、自分の職業は特に話していません。
さて、説明によると麻酔をかけたり醒ましたりするのに時間がかかるのだが、手術そのものはごく単純で、10分もかからないとのことだった。左右の袋の尾側を7mmぐらい縦に切開し、玉を袋の外に引き出して、縛って切るだけ、とのこと。夕方、術後でまだ元気のないソックスを引き取った。後ろから見ると、袋が腫れ上がっていて、痛々しかった。
ソックス、君はもう男ではないんだね。
ちなみに個体識別用のICチップの埋め込み手術も行っていただき、ソックスの海外搬出の準備も並行して進めた。ただし、冬の間に長女(人間)がソックスを気に入ってしまっていたので、当面ソックスは娘に委ね、日本に残留させようと考えている。ふだん不在の父親に代わって、ふかふか毛並のソックス君が、娘の精神安定剤になることだろう。
縫合しないで開けっ放しの傷は、1週間ぐらいで綺麗に治った。脹れも痛みもなくなると、オカマのソックスは以前と同じように『うほほーい!』と跳ね回って、日に何度かシリウスに喧嘩を売るまでになった。よく見ると、2匹のパワーバランスはすでにソックス側が優位であるようにも見えた。オカマになる前に既に勝負がついていたのだろうか。天真爛漫で悪意なく暴れる様は、まさにアラレちゃん。手術して何処が変わったのかよくわからないが、基本的に甘えん坊のソックスは憎めないのだ。シリウスに平静な日々が訪れることを祈るばかりである。
(212/04/29記す) |