定価という商習慣に縁の薄い国では、良くも悪くも、納得の品質と納得の価格が、取引の原則であり、相場や物価感覚は、その判断のための材料であることは、『値切り交渉』という切り口で、前回紹介しました。
ところが、実はネパールには二つの物価レベルがあります。一つは、輸入品の物価です。輸入物のワインや、ヨーロッパ産のチーズなどは、当地のスーパーマーケットでも日本のスーパーで見るのとほとんど同じ価格です。もう一つは地場産品の物価です。これは前回も書きましたが、物価感覚は日本の1/10ほど。日本で30円のネギは、こちらでは3円(自動換算で話を進めます)ほど。3500円の散髪は、350円ほど。散髪のコストはほとんど人件費ですから、はさみと椅子とシーツ一枚で勝負している露天の散髪屋では、設備費や土地建物の賃貸料がかかりませんので、さらに一桁安くなります(50円ぐらい)。
地場産品だけで生活できるなら、この1/10の物価でOKなわけです。これがこの国の人件費のレベルと見ることもできます。贅沢をしなければ、この物価世界で生きていけます。
ところで、アジアの人々は手先が器用ですが、ネパールの職人さんたちも、器用さでは負けていません。格安の人件費と、器用な職人さん、この二つがそろえば、オーダーメイドで、服やアクセサリーを作りたくなります。
ネパールに1週間以上滞在できるのなら、特注で民族衣装を作るもよし、安い宝石を選んで指輪やネックレスを誂えるもよし。Tシャツに特注で刺繍を入れてもらうこともできます。これなどは安くて、しかもお洒落です。
この文章が発行されるのは7月号ですから、季節はずれの話題になりますが、私は、今年に入ってから、まず皮のロングコートをオーダーメイドしました。採寸してもらい、形や色の好みもしっかり伝え、実際のシープスキンの感触も確かめました。待つこと一週間。コートの下に薄手のセーターを着られるぐらいのゆとりがほしいと注文したのですが、ぴったりした出来上がりでした。そこが少し残念でしたが、シルエットは抜群です。日本の物価感覚で言うと20万円ぐらいの品に相当すると、勝手に思っていますが、何せこちらの物価は1/10です。
春休みには、子供たちが観光に来てくれましたので、気をよくして息子には大振りの革ジャン、娘にはぴったりしたバイクスーツ型の黒革ジャン(彼女はこれから、まだ背が伸びるので、数年しか着られないでしょう)を誂えました。日本の感覚で言うと各々10万円ぐらいの品でしょうか。来シーズンの冬、子供たちはおしゃれに着飾れることでしょう。合計3着、少し季節のずれる時期(ネパールの3月はもう冬のコートは暑くてダメなのです)の商売、店主も職人さんも私たちも、納得の価格と納得の品に大満足というわけです。
そして4月ともなると、ネパールでは実は30℃をこえる日々ですが、味を占めた私は、今度はダウンジャケットを特注しました。カトマンズはヒマラヤ登山の根拠地ですから、夏でも、登山用品の店に行けばダウンジャケットが並んでいます。世界のヒマラヤですから、世界の有名メーカーの品も見られます。職人さんたちの目も肥えています。やはり、採寸し、色と形の好みを指定します。なんと、職人さんは、一晩で完成させると豪語するではないですか。翌日夕方、確認の電話を入れるとあと30分で完成するから、来るなら来いというのです。失礼ながら時間を守るネパール人というものをあまり見たことがありませんでしたので、恐る恐る1時間後に店に出向きました。モノはきっちり完成していました。うーんカッコいい。メーカー品なら5万円ぐらいの品にちがいない。このまま刺繍屋さんに寄ってエンブレムをつけてもらったら、悪乗りのし過ぎか。今回もまた、職人さんも私も大満足の取引でした。そして今回も玉に傷なのは、ダウンジャケットも、薄着の私にぴったりサイズなのです。北海道の冬、Tシャツにダウンもよくある話ですが、厚手の上着との重ね着は無理そうでした。
何度か報告していますが、ネパールでも冬は寒いですから、重ね着という概念はあるはずなのですが、職人さんたち、仕事とサイズがきっちりしすぎです。プライドがあるのでしょう。ここは、残念そうな顔は見せず、good jobといって、握手して店を後にするのが大人です。次の冬まで、太らないように気をつけなくては。。。
(2013/04/29記す) |