お父さんのエッセィ

『元外科医、ハバナ・クラブで乾杯 1――新任地でフロリダ海峡を眺めながらの徒然(つれづれ)――』(2013/08/28)


『元外科医、ハバナ・クラブで乾杯 1――新任地でフロリダ海峡を眺めながらの徒然(つれづれ)――』


 カントリー・バーンというアメリカの会社のマヨネーズを、輪切りにしたトマトに塗って、RON(キューバ・ラム:銘柄はハバナ・クラブ)の肴にして食べている。ネパールからキューバに異動し、早くも一ヶ月になろうとしていた。まるで小説のような話だが、僕は、フロリダ海峡を一望する白亜のアパート、キューバの首都ハバナでも屈指の高さを誇るであろう、そのアパートの21階のオーシャンビューの部屋で甘いRONを味わっている。生まれて50年、内陸でしか暮らしたことのない僕には、丸い水平線と万化の雲だけでも肴としては十分なご馳走だ。
 それにしても、アメリカ製マヨネーズの不味いこと。10年前のアメリカ生活時代に懲りたはずの不味さ。それなのにマヨネーズ舐めたさに、またその最低の選択に手を出してしまった。普段は、赤ちゃん印の日本製マヨネーズしか口にしない僕なのだが、今回は禁断症状に負けてしまった。

 さて、アメリカによる経済封鎖中のキューバで、何故に不味いアメリカ製マヨネーズなのか、つじつまの合わない話ではある。実は今世紀に入りモノの流れは再開しつつあるとのこと。更には欧州からの物流もある。で、その不味いマヨネーズ瓶を空にする前に、僕はスペイン製のマヨネーズにも手を出してしまった。どうしても美味しいマヨネーズを味わいたかったのだ。しかし、これもハズレだった。不味かった。二度までも痛い目を見ては、ネパールから発送した引っ越し荷物に忍ばせた赤ちゃん印のマヨネーズとの再会を待つほかない。それにしても、現実は厳しい。7月下旬にカトマンズの家から送り出した私のマヨネーズ、否、引っ越し荷物は、1ヶ月過ぎてもハバナの白亜のアパートに届いていないのだ。エアカーゴでビューンと運ばれるはずの僕のマヨネーズ(引っ越し荷物)は、何故かドイツ・フランクフルトで検査に引っかかり、漸くハバナの空港の税関倉庫に収まったのは、ちょうど1ヶ月目の先週末だった。空を飛ぶはずのエアカーゴは、実は牛歩だった。引っ越し業者が送料を節約しようとしたからに違いない。そして共産圏では、別送便の輸入審査(単なる書類審査)も牛歩なのだ。空港からアパートまでが、また遠いわけだ。牛のことはヒンズーの国で十分に堪能してきたばかりなのに。まさに、これが現実なのだ。

 一方、白亜のアパートは家具付きなので、寝起き・食事などの基本的な生活は、引っ越したその日から可能だった。ちなみに、現在の自分の財産は、赴任の時に自分と一緒に飛行機に載せることができたスーツケース2個とリュック1個分だけである。段ボール25個分の引っ越し荷物がなくても、生存は可能だった。確か、これを「断捨離」というんじゃなかったっけ。まだ捨ててないけど。
 この「断捨離」生活、実は快適ではない。手荷物の中に、菜箸(ここでは売ってない)を入れておかなかったので料理がしにくい。マグカップや茶碗(新規購入は勿体ないので、引っ越し荷物の到着待ち)を入れておかなかったので、お茶が飲みにくい。キューバのコーヒーはエスプレッソ・タイプが一般的らしく、アパートに備え付けのコーヒーカップも小振りなのだ。秋冬物の服(やはり引っ越し荷物待ち)を入れておかなかったので、冷房がつらい。実際風邪をひいて、一週間仕事にならなかった。そして赤ちゃん印のマヨネーズを入れておかなかったことは、既に述べた。強制断捨離は、馴染んだ生活スタイルに埋没できないが故に、不便で骨身にこたえる。

 さて、不遇をかこちながらも、前向きに締めてみたい・・・。
 ネパールから30時間世界半周で降り立ったキューバの印象は、明るい太陽。僕が生まれる前から走っていたであろうクラシックカー。それが交通渋滞なく、適度なスピードで流れている緩さ。大使館通りのアメリカ的なゆったりとした街並みは、塀で仕切ることを至上命題としたようなカトマンズとは別世界。そして良くしゃべる人々、等々。ただし、街を歩いていると、多くの人が、見ず知らずの僕に向かって、チノ(中国人)と言葉を投げるのには辟易した。しゃべりたくて仕方ない国民性とは聞いていたが、一方で、アジア人の顔の区別ができないのだろう。この点は超多民族国家ネパールは優れていた。それにしてもアイデンティティの問題は聞き捨てならない。いい加減頭にきて、「チノじゃない、ハポネス(日本人)だ。」と言い返すと、「おお、それは悪かった。」と屈託なく返してくる。まあ、「ご免なさい」が言える国民性は悪くはない。
 広い空も、50年前のままの交通も、見通しの良い街並みも、良くしゃべる人々も、まぶしく温和に感じた。これで、税関職員の役所仕事が迅速かつ友好的だったら、マヨラーの僕としても言うことないのだが、社会主義国でそこまでは期待すまい。フロリダ海峡に雪でも降られちゃかなわない。なにせ折角ヒマラヤから降りてきたんだから。

(2013/08/28記す)