単身生活は3年半となった。昨年夏にヒマラヤを離れ、現在キューバのハバナでこれを書いている。
外務医務官への転職を決めた4年前の秋、長男は大学生になっていたが、長女はまだ小学6年生だった。その翌年春、彼女が中学に入学するのを見届けてから、私は日本を離れた。子供もある程度成長し、転職の機が熟したと思ったのだ。それにしても、海外単身生活は、家族にも猫にも時々しか会えず、予想した以上に寂しい。きっと家族も同じ思いだろう(片思いだったら笑い種だが)。とにかく、日本各地で頑張っておられる単身赴任の諸兄のご苦労もかくや、と実感しているところだ。
さて、ネパールでは、現地語が分からなかったので、メイドさんや運転手さんを雇って、日常を助けてもらっていた。私は、スペイン語も勿論ダメなのだが、キューバでは、いまのところ雇い人は置いていない。物不足かつサービスの概念のない社会主義のこの国で、一人で生活するとはどういうことなのか。
単身生活の苦労など、別に日本と変わるところもなし、独身者には当たり前のことなのだろうが、この半年で、少しのスペイン語以外に学習したことを挙げてみたい。
(衣)
ワイシャツのアイロンがけは、肩や袖口の部分が難しい。アイロンはそういう細かい部分からかけるのが定石だそうだ(インターネット情報)。
冷房病対策のため、熱帯でもカーデガンはあった方が良い(皮下脂肪で断熱という手もあるが)。
(食)
オクラは、切ってから茹でるのではなく、茹でてから切ると扱いが簡単で、お湯がどろどろにならずに済む。
ゆで卵を作るとき、火にかけたまま忘れると、最終的に卵はポップコーンのようにはじける。(時間のかかる仕込みにはキッチンタイマーを使うのが無難。)
食材さえあれば、料理法はインターネットに出ている。しかし『さしすせそ』調味料をそろえておかないと、日本的な味の再現は難しい。
長粒種米は、餅米を少し混ぜると、日本米っぽくなる(と、大使公邸の料理人さんが教えてくれた)。
(住)
私のアパートの部屋、嵐の日には窓枠の隙間から風雨が入ってくる。部屋や窓の構造は、よくよく注意して見ておくべし。さらにその後の除湿をいい加減にすると、栄養のなさそうな壁にさえカビが生える。使わない部屋も、普段から数日に一回は窓を開けて風を通すべき。数週間で、黒い帽子が、カビで白くなってしまっていた。静かに育った菌糸胞子の幾何学模様の何と美しいこと。
そもそも部屋の選定では、景色も大事だが、日当たりが大切。使い勝手を考えた生活目線で物色しないとあとでいろいろ勉強する羽目になる。私の部屋は、フロリダ海峡に面して北向き。景色が良く室温も上がり過ぎず快適だが、洗濯物は乾かない。窮余の策として、我が診療室のベランダを物干し場にした。日光乾燥は衛生上も重要だが、消臭効果もあった。
(特殊事情編)
モノのない国では、ヒト(コネ・情報)とモノに小金を惜しむべきではない。生活物資は、手に入るときは、余分に買って備蓄すべし。商品の入荷情報も大切。これは、特殊なモノの話ではない。実際、品切れで困った品目は、短粒種米、牛乳、紙ナプキン、ソーセージなどだ。
そして今切実に困っているのは、車のバッテリーだ。正規ディーラーに在庫がないのだ。もちろんカー用品店は存在しない。とりあえず、職場のコネで中古バッテリーを貸してもらって、車は動いているが、この現実は笑うしかない。
キレた私は、インターネットの米国アマゾンでバッテリーを通販購入することにした。しかしこれは実は結構強引で、誰もが出来る方法ではない。米国からキューバへの宅配はありえないからだ。そこでマイアミの日本総領事館に受け取ってもらい、同僚が出張するときに運んでもらうという裏ワザを使う。代金のみならず、飛行機の受託手荷物の超過料金もかかる(もちろん私費)ので、通販なのに全く安くない。輸入許可証も必要だ。
公務・公費に一切迷惑はかけていないが、立場を利用していることは否定しない。そこだけは弾力的に考えていただくほかない。これをもって公僕にあるまじき行為と非難する向きには、是非ともここに来て生活し、なおかつ十全に公務を遂行して見せていただきたい。
余計な苦労と、アホみたいな日々の学習・再発見に熱くなってしまった。最後に蛇足である。
3年半のネコなし生活に耐えきれず、クリスマスに仔猫をもらってきた。手に入れる前は、おネコ様との優雅な生活を想像していた。ネコ日照りに正常な判断力をなくし、『猫』は膝にのせて静かに撫でるモノ、と素人のような思い込みをしてしまった。しかし、借りてきた猫状態の三日が過ぎると、育ち盛りの『仔猫』は、全然大人しくない事を思い出し、否、思い知らされた。これも再発見である。でも、かわいい同居人を得たことは、素直にうれしい。
なんだか落語みたいな生活である。一人で暮らしていると、失敗しても自己責任である。妻子のせいに出来ないし、自分に腹を立ててもつまらない。そこは謙虚に学ぶしかない。失敗を減らすためには、注意力と洞察力が大切だ。それも分ってはいるが、時々大ポカをするので学習ネタが尽きることもない。そしていま、仔猫様をどう手なずけるか、緊急ミッションの発生だ。ネコ歴25年の学習の成果が試されつつある。まことにLife is busyのハバナ暮らしというわけだ。
(2013/12/28記す) |