お父さんのエッセィ

『元外科医のハバナ日記 (7)  変わりつつあるハバナの話』(2015/10/14)


『元外科医のハバナ日記 (7)  変わりつつあるハバナの話』


 しばらく筆を休めて、日常に埋没している間に、アメリカとキューバは国交を回復してしまった。
私がキューバの首都ハバナに赴任したのは2年前の夏だった。当時の私は、この米玖関係の劇的変化を予想できなかったし、1年前の私は、新車購入に3ヶ月もかかる、共産国の牛歩の役所仕事に絶望していた。そんな私でさえも、期待感を禁じ得ない昨今である。

さてお立ち会い。
米玖国交回復後、ここハバナでは、どんな変化が起こっているのか(注:キューバは、漢字で書くときは、玖馬であるとPCが言っちょります)。
資本主義・日本の物差しで言うと、怠け者にしか見えない、という意味で、絶望的に働かない社会主義のお役所、そして一般の人々。一昔前、ベトナムや中国でおこった改革開放政策、ソ連・東欧の政治社会体制の変化を横目に、ほとんど変化せず(経済制裁のため変化できず?)まるでガラパゴス携帯、否、ガラパゴス形態で、古色蒼然として稼がない社会主義の矜恃を守り通していたキューバ。それがこの数ヶ月でどうなったのか。

結論から言うと大して変わってません。
ハバナ市内の米国利益代表部ビルに米国大使館の看板がかかり、ケリー国務長官がやってきて、星条旗がはためくようになった。しかし米国による経済封鎖状態は、米国議会による法改正を待たねば解除されないので、継続されたまま。そしてキューバの社会体制自体にも何の変化もない。つまるところ、牛歩の役所仕事も、物資不足も、効率とかサービスという概念を知らない労働者も、そのままである。

目に見える変化としては、街中にWi-Fiスポットが出来たこと(ただし有料なので、平均月収20数ドルの一般市民が、どのように費用を捻出するのか不思議でならない)。それから、米国人観光客が増え(日本人観光客も昨年比で5倍)、観光客相手のキューバ人商売人(クラッシック・カー・タクシーの運転手や、私営レストラン関係者など)は忙しそうなこと。さらに、ホテルは、元々キャパシティが小さく、いまは半年先まで予約が入らない状態になった。もちろん、宿泊料金も値上げされた。需要と供給で価格が決まるのは資本主義。社会主義の場合は、明らかに便乗値上げである。ベット自体の需要と低価格宿の需要と、二重の意味で個人経営の民宿が雨後の筍のごとく増えつつあるという。

私が変化を痛感した出来事は別にある。或るゲストを市内観光に案内したときだった。観光地や有名レストラン前の路上駐車料金が4倍になっていたのだ。駐車料金は、行政の収入ではなく、近所の駐車管理人のポケットマネーになる。駐車車両が悪戯や車上荒らしに遭わないように見張るという、道路脇で日向ぼっこするがごとき労働で、1ドル相当のコインを集めたとしても、彼らは数日で平均月収相当を稼ぎ出してしまう。
その日私は、昔の相場感で小さいコインを差し出したとき、ひどく怒られて、とてもびっくりした。勝手に相場をつり上げておいて、客を叱り飛ばすとは・・・資本主義の世知辛さだけは、早くも輸入されたのだと実感したわけです。

事程左様に、ガラパゴス社会主義のキューバでも小金持ちが生まれつつあり、格差社会が始まりつつあるようです。物資不足や非効率社会への文句は、すでに何度も書いてますので、ここでは述べません。オモチャのように塗装された1950年代のアメ車(オープンカー)に乗ってハバナ旧市街(世界遺産)観光をするなら、世知辛さが全開になるより前の、ちょっと不便な、今が旬かもしれません。

(2015/10/14記す)