お父さんのエッセィ

『ある日の午後、永ちゃんの思い出』(1996/12/13)


『ある日の午後、永ちゃんの思い出』


---近頃、矢沢永吉の缶コーヒー『BOSS』の宣伝が渋い。
---二通りの男の生き様を、すれ違わせる、ドラマ仕立ての宣伝だ。

もう10年近くも前のことで、
その日が、春だったか、秋だったか、
記憶もさだかではない、、、、。

その青年は、軽自動車に乗っていた。助手席に彼女?をのせ、
公園の脇の巨木のそばに車を止めて、、、。

若い二人を、車内にとどまらせた理由は、
彼らの、弾んだ会話だったのか、
天気の神様が気を効かせたせいだったのか、、、

その日、裏参道の午後は、小雨だったかも知れない。

その痩せた青年の、乗った車の脇を通過した私たちは、
一見して、彼が
熱烈な、矢沢永吉ファンであることに気がついた。

青年の顔も、その彼女の顔も記憶にないが、
彼は、私たちの中に、鮮烈な印象を残した。
そう、『矢沢永吉ファン』として、、、。

ワックスのかかったその車のフロントガラスの内側に
くっきりと表示された、『矢沢永吉』のロゴマークが
彼の尋常ならざる熱烈さをアピールしていたのだ。

段ボールの板切れに、黒マジックの手書きで『YAZAWA』、、、である。
それを、まるで、通行人にアピールするように
運転席側のフロントガラスに貼っていたのだ。

彼は、真剣だったのかも知れない。永ちゃんのファンとして。
しかし、茶色の段ボール地に、
お世辞にもレタリングと言えない、ぼさぼさの字で『YAZAWA』、、、である。
見ているこっちの方が恥ずかしくなって、
妻と顔を見合わせ、爆笑してしまった。
彼にはかわいそうなことをしたかもしれない。
車の横で、吹き出してしまったのだから、、、。

永ちゃんなら、BOSSを飲みながら、渋い顔をしただろうか?
ま、彼もファンなのだと、、、

私個人としては、
ギンギンのステッカーであれば、記憶にも残らずやり過ごしたことと思う。
もしくは、nothing but musicで彼女に、
永ちゃんの音楽の蘊蓄を聞かせてあげていてくれればと思うのである。

きっと初デートの日だったのではないか、、
わたしの妻は、そう想像した。
私も同感である。
なぜなら、2回目以降のデートなら、
きっと私たちは、そういう場面に出くわさないはずだからだ。
彼女に、愛があれば、
段ボールを止めさせ、ステッカーを買ってあげるだろうし、
愛がなければ、
二度と彼の車には乗らないだろうし。

二人の青春の顛末が、ちょっと気になる、今日この頃である。
10年たった今、彼は、永ちゃんファンとして、
『二通りの人生のどちらのBOSS』を飲んでいるのだろうか?

(1996/12/13記す)