お父さんのエッセィ

『外科医とテレビゲーム』(1997/03/03)


『外科医とテレビゲーム』


 医者は、ひとりで、何役も仕事をこなします。
私の場合でいえば、外来診療においては、上気道炎(風邪)からイボ痔キレ痔の患者さんまで(??)、多岐にわたる内容の診察、私が手術した患者さんのその後の再診、そして、場合によっては、ブロック注射や簡単な手術までやります。また、検査日には、胃カメラ(上部消化管内視鏡検査)大腸カメラ(下部消化管内視鏡検査)また、超音波画像を見ながら針を刺す生検という検査など。そして、手術日には胃の手術、胆嚢のカメラ手術(腹腔鏡下胆嚢摘除術)から、肛門の手術まで。ほかに、細かい手技や事務仕事などいろいろあります。

 そんな中で、最近増えたなぁと思う仕事があります。
それは、テレビを見ながらする仕事です。
テレビといっても、ワイドショーを見るわけではなく、モニター画面を見ながら検査や治療行為をするという意味です。例えば、レントゲン検査(これは、昔からあったが、、)や内視鏡検査(いまは、カメラのはじっこから覗くのではなく、モニターを患者さんと一緒に見ながら行います。)そして、内視鏡手術もそうです。
 テレビを見ながらする仕事は換言すれば、画面の動きと手足の動きを対応させながら進める作業ということになります。レントゲン検査などは、比較的簡単な方です。(もちろん、レントゲン検査にだって、操作にも、診断にも、それぞれ語り尽くせない蘊蓄があります。この場合の、簡単というのは、目→脳→手足という情報の伝達が容易という意味です。)
 難しいものになると、画面にうつる2次元映像を頭の中で、3次元情報として認識しなおす必要があり、しかも、画面上の左右と、私の手足の左右の動きが別のベクトルになったりします。情報伝達でいうと、脳の中での情報の加工が複雑になってしまうということです。内視鏡手術や、エコー検査の一部などがそうで、慣れるまでは、大変なフラストレーションです。
 ためしに、迷路図と鉛筆を持った手を鏡に映して、鏡の像だけで迷路を進んでみてください。もしくは、ソファーにひっくり返って、頭を逆立ち状態にして、テレビゲームをやってみてください。視覚と、手足の動きの連動のベクトルがずれると、人間は実にイライラしやすい動物だと気づくはずです。

 われわれ外科医は、こういった、3次元思考や、動作のベクトルの変換という作業には、是非慣れておく必要があります。とはいっても、患者さんの体を使ってトレーニングするわけにはいきません。それで、練習用の人体模型などもあります。でも、もっと手軽に出来のは、先ほど紹介した、逆さテレビゲームではないかと思うのです。

 そう、外科医は、テレビゲームに習熟している必要があるわけです。
視覚と手(足、、、はないか。)の連動のゲーム毎の微妙な違いを、いち早く察知して、そのパターンを認識し体得する。そして、攻略本などに頼らずそのゲームの本質を、作者の立場に立っていち早く見抜くセンスをみがく。
それはそのまま、日進月歩の医療技術や新しい医療器械になじんでいく外科医の必要条件に通づるものがあると思いませんか???。

 半分は師匠の受け売りですが、、、、
 最近、私はそのような確信を深めているのです。

(1997/03/03記す)