第1章:世の中、金じゃ!
というわけで9月某週、僕はスペインにいた。
旅立ちを決めたのは、気まぐれだけじゃなく(H先輩のおぼしめしです。)
まあ、20世紀で最高の出来事。。。(古い?ですか。)
ここから、お待ちかねの旅行記です。
夕方旭川を発って、夜遅く成田に入ります。
北海道人の場合、欧州に渡るには、成田でワンクッション置く必要があります。
よくしたもので、、空港の敷地内に乗り継ぎ客目当てのホテルがあるのです。
普段から緊張に乏しい私ですが、それでもこの日ばかりは
学会の発表原稿を握りしめて、私は出国の朝を迎えました。
朝の成田空港は国外遠征をくわだてる強者でごった返していました。
驚いたことに、航空会社のチェックインカウンターは
エコノミーとそれ以外の高級シートで窓口の数が違い、
エコノミー客は延々行列させられていた。
極めて紳士的ではありますが、
『世の中、金じゃ!!金持っている奴が優先じゃ。』
と、叫んでいる外国企業の当然の理屈が具現化されていた思いでした。
身を持って円の弱さじゃなかった、自分の財布の弱さを思い知ったと同時に
世の中の常識を再認識した出来事でした。
貧乏人、否、無駄金を使わう気持ちのない人の行列??にいて、
私は
南ベトナムから脱出するヘリコプターに群がる難民を連想してしまったのでした。
平和と平等ぼけの日本とは違う世界です。
ツアー客をやっていたときには気づかなかった世界です。
そんな思いの一方で、
私はダイナーズカードを持ってきた自分を密かに褒めました。
彼の地では私も紳士的に叫ぶことにしましょう。
『世の中、金じゃ!!金持っている奴が優先じゃ』と。
さてさて、ルフトハンザはひたすら西へ、、、。
国民性でしょうかアメリカ製でもドイツ人の飛ばす飛行機は時間に正確です。
さらに
窮屈な大陸横断の旅もソ連が崩壊してからは非常にスピーディになっていました。
成田を発って、11時間30分後、
われわれはフランクフルトの空港でベンツの展示車をみていました。
ドイツでは、生意気なことに子供までがドイツ語をしゃべります(当たり前か)。
私の理解可能な言語圏を離脱していたことを改めて思い知りました。
マドリッドのバラジャスじゃなかったバラハス空港までは更に2時間半の飛行です。
時差ボケで朦朧とした私の眼下にすぎるフランスは厚い雲の下でしたが、
ピレネーの山々を越えると、一転して雲はなくなり、
赤茶けた大地が延々と続きます。
これが目的地、赤い砂漠のスペインです。
第2章;イベリアの赤い砂
12年前にスペインを訪れたときの印象は、
マドリッドからセゴビアにかけての風景、牧草地と石垣でした。
名付けて、『ハイドライド 2』の世界(大昔のコンピューターゲームです)。
しかし今回は圧倒的に『イベリアの赤い砂』が印象に残りました。
最初の3日は、研究施設の訪問や学会活動で秋のマドリッドを満喫しました??。
スペインの男性は正装すると太ったオジサンでも格好いいです。
(世界中どこでもおばちゃんはおばちゃんですが、、、)
スペインのねーちゃんは、スリムでグラマーで、
へそだしキャミソールが流行っているようでした??
ラテン数千年の文化に裏打ちされた粋ってものが見えかくれします。
なんの仕事に行ったのか???(ちゃんと?発表もしましたョ)
学会の最終日には、打ち上げ会がありまして、
郊外の観光牧場のような場所へ連れてってもらいました。
観光牧場と入ってもケンタッキーファームとは違います。
食事は立食でワイン、ビール、パエリア、ソーセージ。
出し物は馬術、闘牛、フラメンコときます。
バーベキューコンロが赤々と炎をあげてつぎの料理への期待を盛り上げます。
団体さん貸し切りの闘牛場では、
闘気にあふれた成牛と観客参加用の子牛がファイトを見せます。
さすがスペイン、出し物もここまでワイルドかっ!!!
闘牛の肉を焼いてくれるに違いない??
どの牛が丸焼きにされるのかと、興味津々で見ていました。
でも、女子供も見ている前で、そこまでワイルドな文化ではありませんでした。
無事に学会を終えたその翌日、
われわれは予約していたレンタカーを受け取りました。
言葉はダメでも、運転はボディランゲージ。多少は腕に覚えもあります。
この日のために、国際免許も用意してきました。
でも、、、用意されたのはfordの小型車でした。
ま、ドンマイ、ドンマイ。
ここマドリッドはイベリア半島の中心部、ラマンチャのど真ん中。
ぼくらは、そこからまっすぐ南へ400km
アルハンブラ宮殿を擁するグラナダへと
高速をとばすこととなりました。
秋というのに道端の潅木まで赤茶けていて
カスティーリアからアンダルシアまで熱い大地だった。
イベリアの大地はナポレオンに言わせるとアフリカだそうな。。。
スペインは高速道路網が急速に整備されつつある。
沿道には点々とパーキングエリアが整備されている。
途中、
あまりの暑さに飲みのもを買い求めた。
『アグアコンガス、ポルファボール(ガス入りミネラルウオーター下さい)』
-----------------------------------------
都会を離れれば、観光地やオテルなどの特殊な場所以外では
スペイン語しか通用しません。
私も、
『地球の歩き方』で、ようやく覚えたなけなしのスペイン語を駆使してます。
ヨーロッパは多民族、多言語国家群だが、
経済においてEUという統一圏を実現している。
それゆえに『地獄の沙汰も金次第。』もとい『お金は世界の共通語』なわけで、
欧州旅行で必要なのは、笑顔とクレジットカードと多少の度胸。
そして覚えるべき言葉は、
『お勘定』、『トイレ』、数字の『1、2』
支払い交渉は皆手慣れたもので、タクシーでもレストランでも
紙と鉛筆、アラビア数字で行われます。
-----------------------------------------
結局コンガスは売っておらず、シンガス(ガスなしミネラルウオーター)等を購入して
われわれは、カスティーリャを後にした。
峠越えの高速道路、ハンドルを切る度にスーツケースが左右に移動し、
我々の青い小型車はふらつきます。
スピードにのっていると、ハンドル操作に耐えかねて細いタイヤがよじれもします。
気温どおり汗かきかきの、一方でヒヤヒヤの運転です、。
床まで踏み込むアクセル。
どこまで行っても赤い砂、、、。
午後ようやく、アンダルシアにはいります。そうして
われわれはやっとの思いでアルハンブラの噴水群とご対面と相成ります。
なぜに、イスラム王ボアブディルがレコンキスタの逃避行のおりに
宮殿を振り返り、惜別の涙を流したのか、その意味も体感されます。
ヘネラリフェ(宮のなかでも、糸杉と噴水で格別に美しい。よく写真で紹介される場所)こそオアシスの名にふさわしい憩いの庭でした。
つづく。
(1998/10/13記す) |