お父さんのエッセィ

『結核について』(1999/07/05)


『結核について』


TVでは、厚生省から結核の増加に関する警告が報道されていた。
また新聞によると今年上半期の結核感染者の報告は14000人だそうだ。

私も、ふた月ほど前、結核の患者さんを診療する機会があった。
ちょっと聞いていただきます。。。

彼は住所不定でいわゆるホームレスでした。

(問題は、病気のことです。差別ではありません。
私は医療においては、コネや金銭での優遇はしません。
不潔な人も優遇はしませんし、粗末にもしません。誰だろうと
特別待遇を要求されたら、肩に力が入って逆に手元が狂うかも、、、。
とにかく、『ホームレス』は患者さんの背景因子にすぎません。)

ある朝、出勤すると、ひどい肺炎の患者さんが入院していました。
(私の今つとめている個人病院では、総合診療は外科医が担当しています。)
レントゲン検査でも聴診でも、とてもひどい肺炎で、
点滴治療が始まりました。
汚い身なりでした。
その患者さんはお金がなくて、なるべく病院にかかりたくないのかな?
それで重傷化してしまったのだろうか?
などと考えながらの診療でした。
たしか、その翌日の夜だったと思いますが、
彼が、ひどい腹痛を訴えているとのCALLが夜勤の看護婦さんからありました。
私服のまま病棟にかけつけ、腹部を診察すると、ただごとではありません。
レントゲン検査の結果は、『free air』という状態。
それは消化管穿孔を意味する所見です。
昨日の写真では異常なかったのに、、、何故だろう??
重傷肺炎+腹部手術はやっかいだな、、と思いつつ、夜間の緊急手術の手配をしました。
身よりのない人のようでした。
意識も朦朧としている患者さんの耳元で手術の説明をしました。
咳にむせ込みながら、彼は手術を承諾しました。

(中略:
私は麻酔科医でもあります。麻酔は肝炎等がなければ素手でやってました。。。)

開腹すると、腹腔内は膿汁だらけで、
小腸は何カ所も黒く変色しておりボロボロの状態でした。
最小限度の腸切除および吻合を行い、術後の回復を祈りました。
その夜、私は疲れた体をひきずって自宅に戻り、娘の寝顔を撫でて眠りにつきました。

翌日、彼は汎血管内凝固症候群を併発しました。
同時にガフキー10号というひどい結核であることが判明しました。
後から考えると、
どうやら粟粒結核に腸結核を併発した末期的状態だったようです。
彼は隔離施設に引き取っていただきました。が、
私を含め診療に携わった職員は消毒液とツ反の洗礼を受けることになりました。

4年前にアメリカに行ったとき、病院見学の機会がありました。
アメリカでは裕福でない民族の移民の増加に伴って結核が増えてきているとの
説明を受けた記憶があります。
日本の私にとっては
結核は書物の中の病気でした。
治療法も知ってはいますが、
『昨晩、娘の顔を撫でて眠ったけど、大丈夫かな?』
などと、あさってな心配をするぐらいの、ぼけた知識です。

自分のことは別の問題。この際棚に上げておきましょう。
問題は、厚生省や保健所の関知しない部分(この場合ホームレス)に
こうしたやっかいな病気が巣くっているということです。
ホームレスに対して個人病院は何かをする立場にありません。
結核じゃなくても、治療費は誰が払うという問題になります。
行政サイドの問題ですが、
生活保護申請もしていないホームレスの人が病院から行政に紹介された場合
重傷という判断がなければ、担当者の態度は必ずしも温かくないというのが現状でしょう。
そうして結核は温床をえることになります。
極論を書きましたが、
これは、今回の顛末に関する事実です。

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駅や繁華街の片隅で、昼真っから、
ぶっ倒れている、おじさんたちがいます。
たとえば、3歳になるあなたのお子さんが
彼を心配して
『おじさんどうしたの?』
と声をかけて、持っていたジュースを彼に差し出したとしましょう。
かれは親切をよろこび、せき込みながら礼を言い、
ジュースを一口飲んで返しました。。。
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あなた、どう思います?

差別や排除は問題外です。
法を犯していない限り、彼らの自由は彼らのものです。
でも、
統計を述べるだけの行政に問題がありそうだとは思いませんか?


(1999/07/05記す)