お父さんのエッセィ

『謙虚な療養』(1999/12/07)


『謙虚な療養』


11月は約3週間体調不良だった。
1週間ほど寝込み、数日は欠勤した。
いまだに、後遺症を引きずっている。
風邪をこじらせたと言えばそれまでだし、
健康管理が悪いと言えばそれまでだが、、、

医療に従事していれば、風邪は労災だというのがわたしの持論だし、
風邪に効く薬はまだ少ない。
動けないぐらい弱ることも、たまにはある。
わたくしも年をとったと言うことだろうか。。。

余談だが、あれ以来、外来で風邪の患者さんを診るとき非常な恐怖を感じる。
それはまるで、無謀なリーチの後で振り込みを恐れる状況に似ているかも知れない。
かぜ牌であたるのは、願い下げだ。

ま、ともかく、ふせってもただでは起きない私、
いくつかのことを闘病で学んだ。たまには私も謙虚になる。

�:わたしを心配してくれる仕事仲間もいれば、
私の状況より自分の仕事の都合を優先して考える人もいた。
困ったときの友が本当の友、といった内容の諺があったと思うが、本当らしい。

2:坐薬使用して働きに出たら、坐薬の効果時間よりも長く、目一杯働かされた。
天才的外科医でない私が、ベストでない状況で執刀するのは、決して患者のためにはならない。
手術は適切に完遂したが、潔く休むべきだった。

3:十数年医者やっているが、自分の病気をこじらせ、自然治癒にたよった私は意外と無知だった。
無知の知は哲学の基本だ。

4:世の中には医学書に書いてないが非常につらい病気(こじれた風邪の症状もそれ)がある。
多分そういう病気の方が世の中には多いのだろう。
それが医者自身に降りかかるとき、医者は案外無力だ。
風邪が万病のもとというのも本当らしい。

5:その間も容赦ない出張命令があった。なぜか人手不足なのだそうな。
衰弱した私は、愛車での出張は体力的に無理だったので、JR利用に走った。
安楽を要した私は、グリーン車の快適性をも謙虚に学んだのだった。


(1999/12/07記す)