ロシアの現状と今後(2006年下半期)

「ソ連が崩壊してから15年、歳月は地上の全てを忘却させ、快い春の風のごとく寡黙に路上の乞食の群れを夢の彼方へと導き、幻影の墓標に祈りを捧げた」

 

 陽はまた昇る

  ロシア外貨準備高は200669日時点で2479億ドルである。安定化基金も、石油の国際価格高騰で増え続ける一方で現在717億ドル、年内に1000億ドル突破するかもしれない。さらに連邦投資基金が200億ドル程度ある。いずれも、ほとんど出所は資源輸出関税がらみだ。国家建設では保健、教育、住宅、農業の四部門に対し、「国家プロジェクト」を立ち上げた。対外債務総額は2006年第一四半期終了した時点で、7518180万ドル。昨年だけでも対外債務は320億ドル返済しているので、今年中に全額返済はできるはずだ。

 

ロシアの国防費は2006年度、238億ドルである。しかし、元大統領経済顧問アンドレイ・イラリオノフが2006510日、プ−チン大統領が教書演説した後、ラジオ局「エコ−モスクワ」で、2005年国防費191億ドルを為替相場でなく、実購買能力で換算すると450億ドルと指摘していることから、2006年度の国防費は実質570億ドル程度になるのかもしれない。

 

  ロシアは2005年、石油233147千トンを輸出し、売上高は前年より43.98%増え、7921600万ドル。安定化基金は、石油価格1バレル25ドル以上の分が対象となり、その差額の90%が安定化基金に繰り入れられる。例えば1バレル70ドルとすると、差額は45ドルで、その90%、42.75ドルが安定化基金に入る。

 

  天然ガスの輸出高は2005年、約260億ドルで、その内約20%が付加価値税として国庫に入る。それに付加価値税、利益税、所得税など入れると、歳入は約20兆円となる。

  年内にル−ブル決済による石油ガス等の取引所をロシア国内に開設する。これにより、外国の銀行にル−ブルが蓄積される。表向きは、ル−ブルによる国際決済を自由にできるためと言っているが、本当の目標はユ−ラシア経済共同体(ロシア、ベラル−シ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)におけるル−ブルの立場を確固たるものにするためだろう。さらに軍事同盟的色彩の強い上海協力機構(加盟国:ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン;加盟申請国:モンゴル、インド、パキスタン、イラン、アフガニスタン)がある。

 

  「世界におけるロシア対外貿易の地域的志向性からみると、その特徴は欧州との協力方向に力点がおかれている。2005年貿易高全体の約64%は、EU各国との貿易である。…..」とロシア財務相アレクセイ・クウドリンは語っている。元来ロシア人は欧州志向型の国民である。だから基本的にはアジアにはあまり関心がないとも言える。常に気にしているのはEUNATOの動向かもしれない。ロシアの国益からすると、EUNATOに加盟するのは得策でない。何故ならば中国も、インドも、さらに中央アジアの諸国も、EUにも、NATOにも加盟できないからだ。ロシアがNATOに加盟すれば、ロシアは戦略核兵器や宇宙技術など、軍事面の優位性を失う可能性がある。

 

  ロシアは中国及び中央アジア諸国と膨大な国境線をもっている。この国境線が堅牢で安定的なものでない限り、ロシアの国家安全保障は成立しない。したがって、中国と中央アジア諸国との関係は軍事面でも、経済面でもきわめて重要となる。

  ウクライナとグルジア、バルト三国は当面去るのであれば、去ってもよい、いずれ戻ってくるというのがロシアの現在のスタンスだ。もともと東スラブ三大民族(ロシア(語源:舟こぐ人)、ウクライナ(辺境地)、白ロシア(自由、独立))の一つで、民族起源はほぼ同じである。その意味ではウクライナのEU志向は、また欧州地域のロシア人の願望の代弁とも見ることもできる。けれどもロシア連邦は地球面積の6分の1程度を占める広大な多民族国家である。欧州地域の人々だけで連邦国家が成立しているわけではない。それにさほど国境線が長いわけでも、貿易高が大きいわけでもない。ウクライナにはロシアの欧州向け天然ガスパイプラインが通過しているので、これは懸念材料だろうが、ロシアは欧州向けにウクライナ経由しないル−トでパイプラインを近々建設することになる。

 

 統計では賃金格差は15倍程度ある。石油関連企業の従業員の平均所得は約3万ル−ブルに対し、農業従事者の平均所得は約3千ル−ブル。この格差幅はここ数年変化していない。

  モスクワ市の税等の収入は年間約2兆円で、モスクワ市が国庫に納める税額は、各地方自治体が国に納める税総額の約40%にあたる。

  ロシアは今人口問題をかかえている。女性一人が子供を産む人数は1.3人。この傾向はソ連崩壊が顕著になり、現在さらに加速している。プ−チン大統領が510日にロシア連邦議会向け演説で「二番目の子供を出産した場合、1万ル−ブル補助金を出す」と発言しているくらい深刻である。ロシアは急激に経済成長し始めているので、労働力不足は経済発展のブレ−キにもなりうる。2年前の国勢調査ではロシアの総人口は14500万人だが、昨年だけでも人口が約75万人減少している。

 

  2005年外国からロシア経済への投資額は約110億ドルで、2006年は160億ドルになると見られている。2006年初め、ロシア経済への外国からの累積投資額は1000億ドルを突破した。ロシア市場の評価額は2005年倍増し、2006年に入ってからも大きく伸びている。昨年、ロシア企業が調達した資金総額は約300億ドルで、その内3分の2は海外の市場で調達している。

 

  2006428日、ロシアイルク−ツク州タイシェット市郊外で、溶接バ−ナが点火され、東シベリア−太平洋石油パイプラインの建設工事が着工した。太平洋沿岸ナホトカまでの総距離4188km、総工費115億ドル。第一期工事はスコヴォロジノ地域までの敷設で、完了予定2008年半ばとしている。ここからは中国大慶向けに分岐パイプラインが建設され、年間3千万トンの石油が中国に供給される。第一期工事完了時点で、第二期工事にプランニングをあらためて行う。このパイプライン全体に流れる予定の石油量は年間約8千万トン。中国へ3千万トン供給されるのでは、残り5千万トンが太平洋沿岸まで輸送されるはずである。またロスネフチ社は現在、太平洋沿岸地域に年間生産能力2千万トンの石油精製工場の建設について検討している。半分は国内向け、半分は輸出向けとなるらしい。

  以上がロシア現状の概観である。

 

ロシア型政治経済体制の模索

  2005年度のロシアGDP総額は21.6兆ル−ブル(約97兆円)で、2006年度は100兆円を超えると予想され、初めてソ連時代1991年の水準を超える。これはおそらくロシア政府のみならず、国際アナリストの予想より数年早いものだろう。プ−チン大統領も613日、サンクト・ペテルブルグ経済フォ−ラムの開会の辞で「…. ロシアのGDP総額は購買力で換算すると、1.5兆ドル(約170兆円)以上はある….」と発言している。これも国際石油価格の高騰のおかげだろうが、仮に1バレル70ドル台の状況があと45年続くと、ロシアの政治経済に本質的変化するかもしれない。

 

  一人当たりのGDPは現在では約1万ドルとなっているだろう。数年前は4千ドル程度であったことからすれば、驚異的増加とも言える。ロシアの分析では、ここ12年がきわめて重要で、まさに2005年から経済モ−ドのギヤチェンジが起きている。

  ユ−ラシア経済共同体(ロシア、ベラル−シ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)は加盟国のほとんどが資源輸出国である。ロシアは、基本的には市場原理主義の道は辿らないだろうし、これはロシアの歴史、文化、伝統、それに風土になじまないはずだから、辿れないかもしれない。グロバリゼ−ションと市場原理主義にそろそろうっすらと翳りが出ていることからすれば、遠大な目論見があっても不思議ではない。その後に待っているものは、おそらく古い伝統的価値を過度に評価する、保守的な規制社会ではないだろうか。もしかしたら世界はそのうちに保護貿易の時代を迎えるかもしれない。つまり、大きな世界から小さな世界を目指す時代が到来するかもしれない。

 

  統一経済地域(ЕЭП)(ロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラル−シ)構想はウクライナがどうやらEUを選択したようなので、仮に今後実現されたとしても、形骸化されたものとなり、必然的に軸足はユ−ラシア経済共同体に移ることになるだろう。ロシアは160を超える民族から構成される多民族連邦国家である。連邦制を放棄しない限り、これほど多くの民族を一つの統一国家の下、統治することが要求される。国勢調査結果によると、ロシアにはイスラム教徒は約1450万人(2400万人の説もある)で、ロシア総人口の約1割である。さらに69の宗教が存在し、宗教団体は約22千もある。チェチェン共和国をはじめ、中央アジア諸国の国民はほとんどがイスラム教徒だ。さらにこうした地域に米軍やNATOの軍隊がアフガニスタンのテロリスト根絶としょうしていまだ一部駐留しつづけ、ロシアに脅威を与えている。

  こうしたこと全てを考えると、ユ−ラシア経済共同体(ロシア、ベラル−シ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)を堅牢にすることは、ロシアにとっても加盟各国にとっても、凄まじい早さで流動する世界経済の中で、取り残されず孤立しないための不可避的なテ−ゼなのだ。これに軍事色の強い上海協力機構(加盟国:ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン;加盟申請国:モンゴル、インド、パキスタン、イラン、アフガニスタン)を結合させると、ロシアの政治経済、軍事戦略が完成する。

 

  一つのシナリオとしては、ユ−ラシア経済共同体がいつか訪れる保護貿易主義の母体となる可能性がある。スノ−米財務長官がサンクト・ペテルブルグのG8サミットまでにロシアがWTOに加盟する可能性があると予想しているにもかかわらず、何故に保護貿易主義に注目するのか。ロシアは最後の交渉国である米国とのWTO加盟交渉で国内での外国銀行の支店開設には一貫して断固認めようとしていない。これがどのように結着しようが、遅かれ早かれロシアはWTOに加盟するだろう。それでも、ロシアはその枠組みの中で自国にさほどメリットをもたらさないのではないか、かなり疑念をもっているかもしれない。

 

  それより自国を中心とした経済ブロックを形成したほうが、複雑な民族問題や、文化的、歴史的価値観からみて、安定した政治体制、経済体制を保障できると考えているかもしれない。ロシアにはあらゆる資源が豊富にそろっている。もともと一国経済体制ができる国家ではあるが、さらにユ−ラシア経済共同体というブロックがあれば、他国と最小限の貿易だけでやっていくこともできる。

 

プ−チン大統領の後継者

  今ロシアマスコミに候補として名があげっているのは、第一副首相ドミトリ・メドヴェデフ(1965年生、レニングラ−ド出身、レニングラ−ド国立大学法学部卒、1999年現プ−チン大統領が首相に就任すると、内閣官房副長官に任命される。

 

大統領選挙ではプ−チン陣営の選挙本部長をつとめる。妻、息子一人)と副首相兼国防相セルゲイ・イワノフ(1953年生、レニングラ−ド出身、レニングラ−ド国立大学文学部卒、ミンスク市ソ連邦KGB課程修了、1998年連邦保安庁副長官、1999年ロシア連邦安全保障会議書記、2001年国防相)それにロシア鉄道社社長ウラジ−ミル・ヤク−ニン(1948年生、ヴラデイ−ミル州出身、レニングラ−ド機械工学大学卒、2000年ロシア連邦交通省次官、2002年ロシア連邦運輸省第一次官、2005年「ロシア鉄道社」社長)で、全ていわゆるレニングラ−ド派である。

 

それ以外の可能性も十分ある」とプ−チン大統領は先日記者から質問され発言。しかし、誰が後継者になるか、これはあまり重要ではない。2008年の大統領の時点、ロシアにどような社会政治基盤が形成されているのか、これが最も重要な点だ。どの程度市民社会が成長しているのか、民主主義が社会に一定程度定着しているのか、プ−チン大統領以外にロシア国家をきちんと統治できる人物がいるのか、帝政ロシア、ソ連邦と長い間、権力で自由を圧殺されてきた民に自由意志で大統領を選択できる能力がそなわっているのか、エリツイン前大統領のように、プ−チン大統領も任期切れ寸前に大統領代行をおくようなことはないのだろうか。

 

このまま、もし予想外の大事態でも発生しなければ、プ−チン大統領が提唱した「強いロシアとGDP倍増」はそれなりに順当に達成されるかもしれない。そうなると、プ−チン路線を継承するものが後継者となるだろう。おそらくプ−チン大統領は政界から完全に引退したいのだろう。エリツイン前大統領が指名したやり方は、非民主的な方法であり、旧ソ連権力者の手法を踏襲したものであり、それこそ、まさにそこにソ連崩壊に導いた大きな原因の一つであり、それこそ脆弱な国家たらしめた国民の意志に依拠しない国家観があり、真の強い国家たらんとする、万民に支えられる国家作りのため、ウラジ−ミル・プ−チンは初めて、負の遺産を清算するため、その地ならしに成功するだろうか。

 

「強い国家」とは、万人にしっかりと支持されている国家である。おそらくプ−チン氏はこのことを「ベルリンの壁崩壊」を目の当たりし、そして運命の矢が彼を国家元首にさせ、権力中枢の中で教訓として学んだだろうか。

 

当面の日露貿易

  今年613日、日産自動車社長カルロス・ゴ−ンはサンクト・ペテルブルグ市で、ロシア経済発展通商相ゲルマン・グレフと、「組立て工場建設」協定に調印した。トヨタ自動車に次ぎ、日本の自動車メ−カとしては二番目の決定である。投資規模はほぼ同程度で、約2億ドル。現在日露貿易高は約100億ドルで、日本の輸入超過である。日本の石油輸入量は約25千万トンで、その約90%は中東からのものである。これがもし東シベリア・太平洋パイプラインが完成し、日本へ年間約5千万トン輸出されると、石油に関する日本の中東依存度は65%程度まで下がる。これを1バレル55ドルから60ドルで計算すると、年間2兆円前後の輸入となる。いかに東シベリア・太平洋石油パイプラインプロジェクトが与える影響が、日本のエネルギ−安全保障にとっても、また日露貿易の発展そのものにとって大きいかよくわかる。日露貿易が本質的に変貌する。

 

  ロシアは中国向け3千万トンについてはすでに確保している。問題は残りの5千万トンだ。ロシアはエネルギ−・資源部門をことごとく国有化する方針である。これにはいくつかの原因はあるが、一つは大きな意味で地球の資源に限界がそろそろ見えてきたこと、一つは出来る限り早い時期にG7先進国並みのGDPを達成するため、エネルギ−・資源部門から効率よく税収を上げるため、一つは国際社会でエネルギ−・資源をもってロシアの地位を高めること、一つは国営化により情報管理を徹底することなどだろう。したがってどこまで本当の埋蔵量を公表するか不確定な要素がある。

 

  証拠をそろえて考えてみる必要がある。ロシア太平洋沿岸にいつ、石油出荷タ−ミナルの建設に着工するか、それに極東に年間生産能力2000万トンの石油精製工場をいつ建設に入るのか、これも太平洋沿岸まで石油が届くかどうかの判断材料になる。

 

日本におけるロシア語の将来

 先ず人的交流の問題である。人は魅力あるところに集まり、魅力ないところには誰も来ない。現代社会といわず、古今東西最も魅力あるものは経済である。何故なら経済は人々の生活の基礎を支えるからだ。日露の経済関係が発展しない限り、大きな人的往来はおこらない。異国間交流が活発になれば、当然互いの言語知識が求められる。もし東シベリア・太平洋石油パイプラインが完全に完成し、日本へ石油が年間5千万トンも輸出されるようになれば、日露貿易高は年間3兆円規模になるだろうから、ロシア語の需要も質的に根本的に変化するだろう。しかしたとえ、このプロジェクトが未完に終わったとしても、ロシアの現在の経済水準はそろそろ、ソ連時代末期水準に近づいているので、その当時レベルのロシア語需要は起きるはずである。ただこれは経済的な視点からのみ予想しているものだが、ロシア連邦の外交戦略にも注目すると、また違った結論も出てくる。

 

 諸外国との文化交流発展に関するロシア外務省の活動基本方針の中で「….ロシアの対外文化政策実施において、特に重要なのはロシア語の地位の安定化と強化、国際組織の活動分野も含め国際交流においてロシア語の使用を拡大すること、ロシア語の世界的地位を確保することなど、こうした活動である。ロシア語は他国民をロシア文化に接触させる上で最大の道具であり、ロシアについて世界の好印象を作り出す基本要因の一つでありつづけるはずである….」(訳出:飯塚)と述べている。

 

  ロシアのような多民族国家にとって、母国語であるロシア語は各民族をまとめる統一言語としての役割が大きい。それと文化、特に言語の力をよく心得てる民族でもある。ロシアは今、若干経済的ゆとりも出てきた。これから本格的にロシア文化を世界へ普及させる活動を始めるだろう。その要をなすのは各国のロシア語使用者である。ここがロシア文化の外国での発信源であることはロシアは十分承知しているはずだ。したがって、翻訳も含め、それなりの活動場を提供することは彼らの必然的な論理であるし、実践してくるだろう。

 ロシア人はこよなく自国言語を愛する民族である。チェ−ホフ、ドストエフスキ−、ツルゲ−ネフ、プ−シキンとあげればきりのないほど文豪が目に浮かぶ。今後ロシア市場ではロシア語中心の取引が行われるようになるだろう。あらゆるドキュメントもロシア語になるかもしれない。日本の企業も、早い段階でロシア語堪能者を確保しておかないと、遅れをとるかもしれない。

               以上(第一部)(第二部は後に掲載)