これまでに、スクラップしてきた新聞や雑誌の記事から抜粋してみました。
こうしてみると、年月の流れとともに、多くの人に励まされ支えられ、また教え導かれきたことが思い出され、 感ひとしおです。
 
 
 
 


=== 平成16年10月6日 東京新聞より ===

  芸術祭開幕

    第-弾に瑳川八千代

 芸術祭舞踊部門参加公演の開幕を飾る「瑳川八千代リサイタル」が、十二日午後六時三十分から東京・国立小劇場で開かれる。
 長唄「菊慈童」と、若柳雅彦と共演の創作舞踊長唄「巴」(長田午狂作詞、中島勝祐作曲、八千代=写真=構成・振付)の二番。
 「菊慈童」は衣装・振付の趣向を変え、再調整したという。
 「巴」は長田が一昨年、原作を補綴し八千代に託したあと、他界した。
 「戦乱に生きた女の涙をイメージした長田先生の『巴像」を今は闘くすベもありませんが、 先生の愛弟子の雅彦さんらの力添えをいただきました」と八千代。6千円。ペアで二十組無料招待。 希望者は電話03・3898・4024に申し込む。
 


=== 平成16年5月16日 房日新聞より ===

 瑳川流後援会
  チャリティーコンペ
  和気あいあいのプレー

 日本舞踊瑳川流(瑳川八千代会主)後援会主催の第1回チャリティゴルフコンペが14日、館山市藤原の房州カントリークラブで開かれた。 ゴルフを通じて親睦を深め、福祉に寄与しようと後援会員有志が発起人となって初めて開催。
 参加したのは館山、東京支部後援会員9組、中にはTBSの人気番組「水戸黄門」を制作する電通グループC・A・L代表取締役、 加地隆雄氏らそうそうたるメンバーも。競技は1ホールズ、ストロークプレーペリア方式で行われた。
 この日は前夜の雨もあがり日差しものぞく絶好のゴルフ日和。和気あいあいのうちにプレーが進められた。

成績は次のとおり。
=敬称略
▽総合優勝=荒井優章(アウト46、イン55、ネット66.6)
▽2位=加地隆雄
▽3位=保科?男
▽ペスグロ=杉村孝
▽べスクロ2位=中西二二男

 


=== 平成13年6月16日 東京新聞より ===

正科に伝統芸能
  『芸術・文化』に市民講師20人

 来月の二十日、文京シビツクホールで開かれる日本郷土民謡協会四十周年の「子供たちの大会」で長唄「越後獅子」を演奏する白鴎高校。 長唄・三味線の部活が生徒の人気を集めているが、十七年前に音楽の授業で三味線を採用した。伝統芸能を正科の授業に取り入れたのは同校が先達になる。
 しかし、「音楽」授業の一環ではなく、独立した伝統芸能の授業を正科として行っているのは都庁や文部科学省の調べでも、全国で晴海総合高校と国際高校の二校だけ。
 晴海総合高校は、従来のような普通科、商業科、工業科などに分けるのではなく、多様な進路志望に対応できる教育をと、京橋高校と京橋商業高校を統合して平成八年に開校した。 十八学級七百二十人。生徒が都内金域から集まっている進学校で、前身の商業高校の影響もあってか七五%までが女生徒。
 「個性的で創造性や国際性に富む感性豊かな人間を育成」という教育目標。 授業が百六十三科目四百二七講座と多彩で、先生の数も、伝統芸の″市民講師″約二十人を加えると総勢百二十人余り。
 特に二年生になると授業の三分の二までが選択科目になる。科目数が多いため、同級生でも朝に一度顔を合わせただけで、一日が終わることもある。
 「語学」「情報システム」「国際ビジネス」など系列選択科目の一つに「芸術・文化」系列があり、その日本文化実践にさまざまな伝統芸能が登場する。 いずれも週二時間-年で二単位。
 市民講師はシテ方宝生流の大友順が能、生田流・小宮瑞代の筆、山田流・在原富士江の三味線、瑳川八千代の日本舞踊、ほかに伊東成子(華道)、内藤伸子(茶道)といった具合。
 日本舞踊は、生徒六人が全員女生徒。「以前から興味があった」(高二・高嶋咲枝さん)のように、芸能とは関係ない家庭の子らが、自分の好みで選択した。 「あとは花火を見にいく時たけ」(同・阿部寛子さん)というそろいの浴衣は自前。
 お辞儀の仕方、首の振り方、歩き方などの基本をきっちり、最後は「手習子」などのごく一部だけでも踊れるようにしたいと瑳川流家元の瑳川講師。
 


=== 平成15年6月5日 房日新聞より ===

「春怨武田菱」を
  甲府市県民文化ホールで熱演
  後援会長らが応援にかけつける

 藤間新流奈藤羅の会15周年記念舞踊会がこのほど、山梨県甲府市の県民文化大ホールで開催され、 奈藤羅の会会主・藤問繁素娥師の要請によつて瑳川流家元の瑳川八千代さんが超満員の観客の前で50分にもわたる至芸を披露した。
 演目は過去三度、国立劇場で公演している家元自身の創作舞踊劇「春怨武田菱」。 甲斐の天目山での武田勝頼と夫人の芝欄姫、家臣などの終焉の情景を悲しくも美しく表現したもの。 瑳川さんが武田勝頼、藤間師が芝欄姫演じ、勝頼と芝欄姫との情愛こまやかなやりとりや味方の裏切りを知つた勝頼の怒り、 無念の表情が圧巻でその熱演ぶりに引きこまれ思わず涙ぐむ観客もあちこちに見うけられた。 カーテンコールではホールわれんばかりの拍手を浴ぴた。
 今回は、瑳川流後援会の主催で、館山市と石和町との姉妹都市30周年記訪問をかねての鑑賞ツアーが行われ、 館山市や周辺町村から40人が参加。当日バスを仕立てて現地ヘ出向いた。 公演前日には石和町長ほか関係者との交流会が催され友好を深め合つた。 公演当日は石和町長に加えて藤間師の地元鰍沢町の町長らも応援にかけつけるなど舞踊を通じて文化交流の花を咲かせた。
 


=== 平成15年2月13日 房日新聞より ===

瑳川流で踊り初め
    館山 10周年奉告祭も

 日本舞踊瑳川流(瑳川八千代家元の踊ヶ初めが11日、館山市北条にある家元の教場で開かれた。 新年初めての教場舞台で今年も元気に頑張っていこうというセレモニーで、弟子や辻田市長はじめ後援会関係者ら50人が出席。
 踊り初めを前に創流10周年の奉告祭が厳粛に執り行われ、 館山市鶴ケ谷八幡宮の酒井宮司による奉告とお払いのあと玉串が神前に捧げられた。 そのあと弟子たちが今年初めて教場舞台にたち日ごろの練習の成果を披露。最後に家元が華麗に舞い締めくくつた。 午後からは会場を移し新年懇親会が開かれた。
 


=== 平成14年11月 演劇と舞踊より ===

 【芸術祭参加】
  第7回瑳川八千代 リサイタル

 瑳川流家元・瑳川八千代も創流10周年を迎え、昨年に引き続いて新曲2題での参加公演『瑳川八千代リサイタル」が11月4日、 国立小劇場において開かれた。
 演目は素踊りで清元「鐘」(香取仙之助・作詞、清元寿国太夫・作曲、花柳芳次郎・振付)を清元梅寿太夫、紫葉連中の演奏。 そして内容を練り直して再々演の創作舞踊劇「春怨武田菱-勝頼の妻-」(長田午狂・作詞、中島勝佑・作曲、会主・構成振付)は、 武田勝頼と妻の最後をドラマ仕立てにした内容で、賛助出演の若柳雅彦の武田勝頼、坂東百々三の乳母、坂東寛二郎の家臣、 ほか瑳川千代弥、千代鞠らの出演、演奏は東音皆川健、中島勝佑連中により50分あまりの大作に会主は意欲的に取り組んでいた。

 瑳川流創流 十周年記念
      第15回 瑳川会

「瑳川八千代リサイタル」に引き統いて、第15回「瑳川会』が開かれ、一門により14番が上演され、 会主は序開きに常磐津「老松」とキリに門弟と常磐津「松廼羽衣]を演じるなど、観客の声援に応え精力的に舞台を勤めていた。
 


=== 平成13年10月10日 房日新聞より ===

 文化庁芸術祭 館山の瑳川氏が参加
    28日 人間国宝とともに創作舞踊

 日本舞踊の瑳川流家元・瑳川八千代氏=館山市北条=が、28日に東京日本橋の日本橋劇場で人間国宝の3人とともに長唄、 清元の舞踊を披露をする。文化庁が開催する2OO1年の芸術祭参加公演として行われる。
 芸術祭は、文化芸能に優れた芸術家の祭典で、毎年開催。今年で56回目。 文化庁芸術委員会が認めた演劇、音楽、舞踊、演芸の4部門の個人、団体が参加し競う。
 瑳川氏は、花柳流で20代から弟子を持ち、舞踊一筋に磨きをかけてきた。1992年に瑳川流を創設し、 芸の鍛錬のため郷里の館山と東京で活動を広げる。
 リサイタルは、人間国宝で日本舞踊の西川流10世宗家・西川扇蔵氏の監修。 演奏に人間国宝の東音宮田哲男氏と人間国宝の堅田喜三久氏を迎えた。
 演目は、長唄「賎機帯」(しずはたおび)と清元「雁の譜」(かりのふ)の2作品。 賎機帯は、舟長役に西川扇二郎氏を迎え、瑳川氏は狂女役で舞う。 人さらいで子を失った女が狂女となるさまを日本舞踊ならではの華やかな踊りで表現する。
 雁の譜は、雁にちなんだ3つの話からなるオムニパス。源義家が戦で、雁が乱れ飛んださまを見て敵を討ち破つた話と、 曽我の兄弟が仲良く飛ぶ雁をみて父を思いあだ討ちを果たす話、中国の漢で捕獲された蘇武という人が、 雁の足に文を結び付け生存を妻に知らせ故郷に帰れた話の3つ。瑳川氏の創作舞踊となつた。
 全国から参加を希望する個人や団体の応募があり、同祭に参加できる公演は、演劇29、音楽23、舞踊31、演芸30の計113公演。 約2か月にわたり各会場で開かれる。
 瑳川氏の公演は、午後2時半会場で3時開演。チケットは5OOO円。
 問い合わせは瑳川八千代事務所(O47O-22-26O8)ヘ。