mark板倉庵ホーム ページへ戻る

そば打ちの写真はこちらです

 『ア マチュア手打ち蕎麦北九州板倉庵による』

「実 践」手打ち蕎麦の打ち方

平成28年10月更新

久しぶりに更新しました。

書き換えた主要な部分はわかりやすいように下線にしてあります。

   T蕎麦打ち編  
蕎麦粉の入手
  用意するもの  水を加える  こねる  丸く延ばす  四角く延ばす  長方形に延ばす  たたむ  切る  保管 


  U道具編  
木鉢
  打ち板  打ち棒  蕎麦切り包丁  駒板  切り板  その他


V茹でと盛りつけ 
 茹でる  洗う  ざる      

W辛汁甘汁の作り方
辛汁の作り方
  薬味  甘汁の作り方
  
X生粉打ち蕎麦、柚切り蕎麦
生粉打ち蕎麦の作り方
  柚切り蕎麦の作り方  参考図書

T  蕎麦打ち編

<そば粉の入手>
 「7割は蕎麦粉で決まる」(蕎麦聖 片倉康雄先生の言葉)とも言われるほどですから、旨い蕎麦を打つためには蕎麦粉の良し悪しは決定的に重要です。さらに、うまく繋がって蕎麦になるかどうかも、粉の状態によるところが大です。「以前にやってみたが、全く繋がらなかった」と言ってくる人がいます。ほとんどの場合、粉のせいです。(ただし、繋がりにくいそば粉が悪いそば粉であるとは限りません。

スーパーや土産物屋で買ったそば粉は、繋がりにくいものがほとんどです。粉に挽いてから時間がたち過ぎているのがその理由です。初めて蕎麦打ちに挑戦して、旨く行かず、それだけで挫折してしまった人の話を聞くと多くがこのケースです。もちろん技術の問題はあるのですが、そば粉を選べば初心者でもちゃんと長い蕎麦が打てます。上手く蕎麦が打てないとこのページにたどりついた方はまずそば粉の検証から始めてください。自家製粉したソバ粉をもらった時もうまく打てないことがあると思います。家庭用の石臼は小さめなので、粗挽きになってしまうせいと思われます。高山製粉の「蓼科」や霧下そば本家の「地粉」で試してください。二八で打てば大概うまく繋がると思います。

 その大切な蕎麦粉は、ピンからキリまであって、値段も大きな開きがあります。輸入物がすべて低品質というわけではありませんが、国産はわずか国内全使用量の2割から3しかありません。趣味で蕎麦打ちをする人はたいがい国産に拘っていると思いますが、大変貴重なそば粉であることを常に意識して大切に使っていくことが必要です。
 こだわる蕎麦屋さんの間では、電動石臼による自家製粉が当たり前となり、店によっては手回しで石臼挽きする店主も現れています。素人の中にも自家製粉にはまり込む人もいますが、初心者としてはとてもそこまではできませんので、粉屋さんから買うことになります。その際には、「国産(産地が明らかになっているものが望ましい)の石臼挽き」と注文すればよいでしょう。その製粉所で一番高いかその次くらいのそば粉を頼んでおけば、間違いないと思います。キロ当たり千円から高くても二千円くらいの値段です。

国産が、品質的に本当に外国産より優れているのかどうかは、私にはわかりません。しかし、国産が高級品とされていますので、扱いや、挽き方も丁寧です。高級品はほとんど国産というふれこみになっています。価格的にも完全な二極分化で、国産と外国産は同じそばでも別の農産品と考えた方がいいくらいです。(最近、輸入の大半を占める中国産などの品質が上がってきたという人もいます。)

 石臼挽きとは、電動石臼で挽いた粉です。なぜ石臼挽きがいいかといいますと、挽くときに熱が加わりにくく、風味を損なわずに挽けるからです。水分も飛びませんので、みずみずしく、しっとりとして、繋がり易くもなります。これに対して、機械挽きの粉は、最近はだいぶ改良されたとはいいますが、瞬間的に高い温度になるため、粉に熱が入ります。両方を取り寄せて比べてみれば、違いが分かると思います。違いを感じないほど機械挽きが進化したのであれば、より価格の安い機械挽きはお買い得ということになりますが、どうでしょうか。石臼は効率が悪いので、値段はかなり高くなりますが、高いだけのことはあると私は思っています。


 先ほども述べましたが、そばを生産した親戚や知り合いから貰ったそば粉がうまく蕎麦にならないことはよくあります。自家製粉だと粉が粗い場合がほとんどで、それだけで繋がりにくくなります。その解決方法は、小麦粉を多く入れる、のが第一で、これに尽きるかもしれません。自分の腕で何とか繋がるレベルまで、中力粉を入れるしかありません。二八蕎麦にこだわるのはわかりますが、ツルツルという蕎麦の最大の特徴を失ってまでこれにこだわるのはどうでしょうか。三割〜四割入れればまず繋がらない粉はないと思います。(そば粉が3割入っていれば「蕎麦」と称してもいいというのが、ちょっと信じられませんが、わが国の決まりだそうです。)

湯コネする、という方法もあります。日本各地でかつては湯コネが行われていました。今でも残っています。水でこねる場合は、そば粉のたんぱく質とつなぎに入れる小麦粉のグルテンで繋ぎます。他方、湯コネは、そば粉のデンプンをアルファ化して、これを糊にして繋ぎます。そば粉に占める含有量はデンプンの方が多いので大抵の粉に有効な方法です。特に、そば粉十割のいわゆる生粉打ち蕎麦やたんぱく分が少ない御膳(ごぜん)蕎麦(真っ白い粉で打つそば)を打つときによく使います。やり方の解説は最後の方の柚子切蕎麦を参照してください。

 ただし、繋がりやすい粉が繋がりにくい粉よりいい粉とは必ずしもいえません。いい粉とはすなわち美味しい蕎麦になる粉です。玄蕎麦(げんそば:黒い外皮に包まれたそばの実)をそのまま石臼で挽いている蕎麦屋さんがいます。静岡の八兵衛さん。このそばが実にうまい。これを食べると、一体うまい蕎麦とは何なんだろうと考えてしまいます。大半の蕎麦屋が丸抜き(まるぬき;玄そばの黒い外皮を外したもの)から挽いて、実に見た目にきれいな蕎麦を打っているのに対して、大きなアンチテーゼを提供しています。最近になり、玄そばをそのまま挽いた粉を使った『玄挽き蕎麦』をメニューに入れる蕎麦屋さんが増えました。蕎麦にも一種の流行り廃りがあるのかもしれませんが、私はこちらの方が好きです。結局は各自の好みの問題かもしれませんが、うまい蕎麦とは?は、永遠の課題と言う気がします。
 
 製粉所はネットで調べてメールするか電話すれば、個人使用でもほとんどの製粉所は分けてくれると思います。全国の有名蕎麦産地の蕎麦も送ってもらえます。色々買ってみて食べ比べるのも楽しいものです。私がそば打ちを始めたころは、個人相手にそば粉を譲ってくれる粉屋さんは限られていましたが、いい時代になりました。ちなみに、普段私はここで買っています。 板倉庵のホームページで見たといえば、多分わけてくれると思います。

(打ちやすいそば粉)
 そば粉のうんちくを語り出すと、きりもなく、また私にその資格もないのですが、打ちやすい粉はどんな粉かと考えますと、収穫後できるだけ時間がたたない玄蕎麦を、大きな石臼でゆっくり、できる限り細かく挽いて、挽いた後時間がたっていないもの、ということになります。そして一握り取り出して、ぎゅーと握ってみて、手の形にしばらく固まるような、そんなしっとりとした粉は打ちやすいです。そば粉だけのいわゆる生粉打ちもできてしまいます。大きな臼と書きましたのは、その方が、熱も逃げやすく、かつ粒子が小さくなるからです。粒が大きな粗挽きの粉はなかなか繋がってくれません。初心者にはとても難しい粉です。風味が詰まっていて美味しいと、結構挑戦する人が多いのは事実ですが、初めは避けた方が無難です。

 我が家にも石臼があり、私も時々挑戦していました。玄そばから挽くこともあれば、丸抜きを挽くこともあります。いずれの場合も、捨てる部分以外は全部一緒こたにしてそば粉にします。そういう粉を「全層粉」とか「挽きぐるみの粉」とか呼んでいます。一番素朴な粉ですが、意外にも打ちやすいとは言えません。それは、粉の中に、打ち粉(でんぷんが殆どでつながりにくい)になる部分や御膳粉(真っ白い殆どがでんぷん質からなる蕎麦の中心部の粉。蕎麦の風味は薄いがほのかにでんぷんの甘味がある。ゆずや抹茶を加えて変わり蕎麦にすることが多い。)になる部分が含まれているうえ、石臼が小さい分、粉が粗くなっているからです。

 そば粉屋さんが製粉すると、打ち粉や御膳粉になる部分は取り分けます。これらはでんぷん質が多く、水を加えるとそばを繋げる糊になるタンパク質がほとんどありません。従って、ここを除けば、蕎麦としては繋がりやすく打ちやすいものとなります。いわゆる二番粉を中心とした並蕎麦になります。東京あたりで普通にもりそばというと、このそばが出ます。色は白っぽいですが、御膳粉などを取り除いていますので、結構繋がりやすいそば粉になっています。
 蕎麦はそば殻を除くと、うす緑色の甘皮に覆われた実が出てきます。これが丸抜きですが、この甘皮の部分は、繊維質で、タンパク分が多く、茹でると黒っぽくなります。蕎麦の風味も強い部分ですが、多すぎると「えぐみ」が出るうえ、食感としては、歯に「ぬかる」ということで、多く含まれると嫌う人が少なくありません。米をついて、玄米を精米するように、丸抜きのこの部分を少なくしたものが、並粉なのです。江戸時代に蕎麦が大流行したのは、製粉技術の発達により、えぐみがなく、歯にぬからない色の薄いさっぱりした蕎麦が作れるようになってからだったと言われています。私も、甘皮分の多いそばはどちらかというと苦手です。すぐに満腹感を覚えてしまう気がします。
 
 黒い蕎麦がありますが、あれはそば殻が入ったからではありません。そば殻は水にも溶けませんし、割れたかすが粉に混じることはあってもそれで蕎麦が黒くなることはありません。蕎麦を良く眺めると、黒から茶色の点々が入ったものがありますよね。あれが、そば殻の割れかすと甘皮の色の濃い部分が割れたものです。たくさん入るともちろん味に悪い影響を与えますが、少しであれば中立です。点々が入ることで蕎麦自体に美しさが出て、いかにも美味しそうに見えるということで、蕎麦屋さんによってはわざわざ少量入れているところもあるとか。「ホシ」を入れる、というそうです。黒い蕎麦は、甘皮ないしはそれに近い部分が多く含まれている蕎麦と考えられますが、それにしても普通に粉を挽いて打ったそばはどんなに黒くしようとしても、町で見かけるような色にはなりません。何か着色しているのか、私には説明不能です。

 そば粉の説明をするとき、最近いい方法を思いつきました。
「そば粉のうち、一番タンパク分が少ない真っ白な粉を1とし、甘皮部分のタンパク質の一番多い粉を10とする。1から10まで全てを含んでいるのが挽きぐるみの粉、別名全層粉とか全粒粉とか言われているもの。通常の並そばの粉は、例えば3から7とか、4から8とかから出来ている。低い方の数字の部分が多い粉は、でんぷん質が多いので透明感があり、もちもちした食感となる。色は白め。そば打ちは比較的難しい。反対に10に近い部分が多いそば粉は、歯にぬかりやすいが、そばの風味が豊富で、色は黒目となり、そば打ちは容易である。どこの蕎麦屋もそのどこをとるかで自分の店のそばの味を出している。」

 どこのそば粉が旨いのか、これもよく聞かれる質問ですが、これには決まった答はありません。国産だけをとってもたくさんの品種があります。通常は、品種と言うよりは、産地で呼ばれていますね。これは北海道の幌加内産だ、とか。最近そば粉も産地間競争が激しくなり、県単位で新しいソバの選別に余念がありません。長野県の「ヒスイそば」や福島県の「会津のかおり」など新しい名前のそばが出てきています。我が国では、現在、北海道が、そばの最大の産地です。第二位は入れ替わりますが、何と鹿児島だったこともあります。北から南までどこでも収穫できるんです。最近は茨城県の北部、金砂郷や水府あたりで生産される「常陸秋そば」が銘柄を確立して、東京のそば屋さんなどでは大変人気があるようです。ただ、知り合いのそば屋さんに聞くと、「今年いいのは、どこどこ」というような話をしていますから、やはりその年々で、変わるようですね。どこ産だからいい、とは一概には言えないのかも知れません。

 江戸時代から信州そばはうまいそばの代名詞として、その取引価格も他よりは高かったといわれています。ソバは元々4千メートル級の高地で自生していたもの。そのせいで、高いところを好み、多すぎる水を嫌う性質があります。そのため、信州の高地で、朝晩霧が発生するような畑地で作られたものが霧下そばとか信州そばとしてうまいそばの代名詞になったともいわれているのです。ただ、常陸秋ソバに見られるように、近年の品種改良や栽培方法の進化で茨城県の低地でもうまいソバが取れるようになりました。さらには、減反した稲田でも、ウネ作りとするなどの工夫でうまいソバができています。その意味で信州そばの優位性は失われつつあります。4年間長野県でお世話になった身としては、何としても再び信州ソバを日本一のソバにしたいものと関係者の奮起を期待しています。

(打ち粉) 
 蕎麦粉とともに「打ち粉」もそば打ちの必需品です。のばしたり切ったりした蕎麦がくっつかないように生地の上に振るのが打ち粉です。もちろん蕎麦粉の一種です。真っ白な、蛋白分の少ない粉で、水分を吸収しにくく、吸収しても粘らない性質を持っています。製粉所で買えますが、入手困難なときは、同じ蕎麦粉で代用するか、御膳粉(芯粉といっている製粉所もある)が入手できればそれで代用して下さい。実際、最近の打ち粉は御膳粉と同じ物という説もあります。先ほどの説明でいえば、1とか2に属する粉です。打ち粉は機械製粉で並粉を取るときに選別したものと考えると、外国産であることが多いと思われます。キロ当たり5百円程度以下の値段の安い打ち粉は間違いなくそうでしょう。この場合、いつ挽かれたのかも良く分かりません。せっかく高級な国産そば粉を使ってもそこに打ち込まれる打ち粉が正体不明では、台無しだ、と考える人もいます。そういう人は御膳粉を打ち粉代わりにしたり、友粉といって、同じそば粉を打ち粉代わりにしたりしています。私も以前は、御膳粉を打ち粉代わりに使っていましたが、それによって蕎麦がより旨くなるという実感が得られず、今は普通の打ち粉を使っています。

 以上のようなこともあり、 打ち粉は可能な限り少なく振ることが基本です。特にのしの段階では振りすぎに注意してください。振りすぎる人は結構多いです。かといって打ち粉が足りずに麺がくっついてしまっては元も子もありませんので、必要最小限と理解してください。振りすぎは乾燥の元にもなります。反対にたたみの段階では遠慮気味にちょっとだけ振る人が多い。ここはしっかり振ってください。いずれ切り終わって払い落とされるか、お湯の中に溶けるかです。せっかく切り終えた麺どうしがくっつくよりは断然良いと思いますよ。

 さらにいえば、打ち粉をたくさん振らなければくっついてしまうような蕎麦は、加水量が多すぎます。加水量を少し少なくする必要があります。

 打ち粉はできるだけ振らない方がよいと考えてきましたが、最近少し考えが変わりました。少なければ少ないほどよいというのではなく、一定量はしっかり振るべきだと思うようになったのです。打ち粉をあまり振らないでのし終わったときは、切り終わって保管中に麺同士がくっついてしまわないように、たたみの前にかなり大量の打ち粉を振ることになります。切り終わったときにこの打ち粉を十分ふるい落とせればいいのですが、切れやすい蕎麦ほどふるい落としきれなかった打ち粉が麺の間に残ってしまいます。家族だけならそれでもお湯の濁りは知れていますが、少し人数が多いとお湯の濁りが早く、一旦お湯を捨てて沸かしなおすなど、いわゆる「釜を空ける」状態になってお客様をいらいらさせることになります。たたみの前にたくさんの打ち粉を振る必要がない程度にのしの段階で打ち粉を振っておくべきだと考えるようになったのです。ただし、それはあくまで麺同士がくっつかないぎりぎりのところであるべきです。

 さらに、のしの段階で振った打ち粉は麺帯の表面に打ち込まれる形になります。茹でる時にそのまま残れば麺の一部になってしまいますが、そのうちの相当部分は剥がれてお湯の中に溶けます。たくさんの打ち粉の剥がれおちた麺の表面を想像してみてください。つるつるではなく、穴ぼこだらけのざらざらした姿が思い浮かびます。これが食感にもいい影響を与えます。完全な「つるっ」よりは少々の「ざらっ」。また、麺つゆにつけた時、表面積が多い分、つゆがよく絡みます。意外なところに打ち粉の効用があるものですね。

 

(割り粉(つなぎ粉))
 つなぎに使う小麦粉も必需品です。普通は「中力粉」を使用します。これを「割り粉」とか「つなぎ粉」とかいっています。蕎麦粉に少し加えてその繋ぐ力で蕎麦を切れにくくするためのものです。小麦粉には、そば粉にはほとんど含まれていない「グルテン」が豊富に含まれています。正確に言うと、水を加えるとグルテンとなる二種類のタンパク質(グルテニンとグリアジンという2つのたんぱく質)を多く含んでいます。水を加えると、強力な繋ぐ力を発揮します。

 小麦粉には、薄力粉、中力粉、強力粉という分類があります。できるグルテンの量が少ない順番です。てんぷらを揚げる時には粘りができるだけ少なくなるよう薄力粉を使うなど、料理によってその使い道があります。中力粉はその真ん中ということですが、別名うどん粉ともいわれ、うどん作りに使われる粉です。

  そば粉と中力粉を混ぜる割合は色々ありますが、割り粉が少ないと、切れやすく変質しやすいなど麺としての扱いは難しくなります。他方、たくさん入れすぎると、そばというよりはうどんに近いものになってしまいます。
 妥協点としては、8対2、又は10対2位が手打ちの一般的な割合です。蕎麦用語で、前者を「内二」、後者を「外二」などといっています。初めてやる人は内三くらいから取り掛かるのが従来は普通でしたが、最近の粉は打ちやすくなっていますから、41の内二でも問題なく打てるでしょう。内三では小麦のグルテンが強すぎて、伸ばしても縮む傾向がはっきり出ます。うどんにより近づく印象です。
 正直に言うと、並べて同時に試食しない限り内二と外二の味の違いは私にはわかりません。それでもやっぱり外二にこだわってしまうんですよね。いずれもいわゆる二八そばですが、後述するとおり、升で計量していた江戸時代の二八そばは、外二の方により近いようなのです。
 関東では、中力粉の入手が意外に困難です。そば粉屋さんで一緒に買うと良いです。どうしてもないときは、強力粉で代用することもできます。私はこれまで、割粉にする中力粉のことはあまり真剣に考えていませんでした。しかし最近になって気になり始めました。つなぎとは言っても2割近くも入っているわけです。これが出来上がったそば自体の食感や味に影響しないわけがありません。割粉の大事さについて教えてくれる人がいたのです。しかし残念ながらまだ、どういう小麦粉がそばにどういう影響を与えるのかについては、全く分かりません。これからの研究課題です。当面は、信頼できる製粉所が勧める小麦粉を使うことが合理的だと考えます。われわれよりは確実によく研究しています。

(そば粉の保存)
 そば粉は挽きたてがいい、といわれるように、挽いてから時間が経つとどんどん劣化していきます。水分や蛋白分が減ったり変質したりします。当然打ちにくくなりますし、味も落ちます。できるだけ、こまめに粉を注文するようにしたいものですが、少量ずつではなかなか面倒なうえ、送料も割高となってしまいます。一つの方法は、冷凍庫に保管することです。結構保ちます。私も冷凍庫を使っています。ある有名な蕎麦屋が、新そばの時期にすべて粉にして一日の使用量毎に分けて冷凍して一年間使っている、という話を聞いたことがあります。冷凍保存はかなり優れた方法ではないかと思っています。

また、伝統的には、あらかじめ割粉を混ぜ込むことにより、劣化を遅らせることができるといわれています。小麦粉が、水分の調整役になってくれるというものです。しかしこれは恐らく何日間は大丈夫というレベルの話ではなかったでしょうか。蕎麦屋が1月も2月もそば粉を滞留させるなどとは考えられません。例えどんなにはやっていない店でも。

 ソバの実の実物を見ると、変な形をしたごく小さな種です。こんな実からそば粉を取るんだな、と感動します。単位面積あたりの収穫量も稲に比べるとほんの何分の一しかありません。当たっているかどうかは判りませんが、私のざっとした計算では、七分の一くらいでした。ソバは、豊作不作の差が激しく、ひどいときはほとんど採れないこともあります。荒れ地でも育つと言われ、全く放って置いても勝手に収穫できるように考えている人がいるかも知れませんが、少しでもたくさんの収穫をあげるためには大変な苦労があります。まず、受精しにくく、実がつきにくいこと、風や雨に弱いことなど、自然条件に大きく左右されます。天候如何では、ほとんど収穫できない年もあります。
 そして、刈り取り、脱穀という重労働に続く、実の選別、泥を落としたり、がくを剥がしたりする「磨き」、石の選別そして製粉、と一握りのそば粉を生産するためには、大変な労力と時間、そして情熱が注がれています。簡単に書きましたが、製粉という工程一つとっても何段階にも分かれた大変な作業です。

 今は自宅から注文すれば、宅配便ですぐに送ってくれますが、届いたそのそば粉は、大変貴重なものなのだ、という意識を是非持って貰いたいものだと思います。そして、その貴重なそば粉を無駄にしないよう、気を付けたいものだと思います。

 さて、いよいよ技術編に入ります。この解説では物足りないという方は、後で紹介する手引き書を参照して下さい。

<用意するもの>
 蕎麦粉400グラム、中力粉100グラム、ミネラルウオーター225グラムを用意します。いわゆる内二です。まず水の中に鶏卵を入れると書いたテキストもあります。卵を入れることで、麺につやが出るといわれていますが、どうでしょうか。一流店でも使っているところが結構あるようです。私は自然な触感を大事にしたいので、水以外は一切使わないこととしました。水道の水が美味しければそれを使ってもかまいません。
 これで、蕎麦屋の5人前くらいになります。一家族のお昼にちょうどでしょう。家族が少ないので、もう少し小さい玉を打ちたいという方もいらっしゃるかも知れません。もちろん、300グラムでも、200グラムでも打てますが、かえって、水の加減が難しいというようなこともあり、この500グラムの玉を標準として練習を始めるのが適当かと思います。

内二でうまく繋がらないときは、3割、4割を試してください。ここまで来るとあまり美味しくはないかも知れませんが、そばである以上ブツブツではいけないと考えます。
 ツルツルっていうのがそばの最低条件だと私は思っています。だから、繋がらないそば粉は、繋がるレベルまで割粉を増やすしかないのです。ただこの辺りは、熟練度合いによって大いに違ってくるところです。今あなたが打ってブツブツにしかならない同じ粉で数年後に試したとしたらどうでしょうか?ひょっとしたら何の苦もなく立派なそばになるかも知れませんよ。

私は、二割の小麦粉を入れて繋がらないそば粉はまずないと考えています。初めての方も、それを目指して頑張っていただきたいものです。もともと繋がりにくいそば粉をなだめすかして繋ぐ、それがそば打ちの醍醐味の一つです。 

<まず、真っ先に行うこと 手を洗う>
 食べ物を扱う者にとって、もっとも心がけるべきは、「衛生」です。家族だけの時も、お客様を呼んだ時も、全てを始める前に、まず手を良く洗ってください。そば打ち大会でもこれを忘れると大きく減点されます。しっかり習慣づけましょう。
 また、途中でも手を洗わなければなりませんので、清潔なタオルを用意しておきましょう。髪の毛が落ちやすいので、帽子を被るか、タオルで頭全体を覆うようにして下さい。単なるねじり鉢巻きでは十分ではありません。粉がつきやすいので、エプロンは必需品と考えてください。

<ふるいにかける>
 まず、分量の粉をきちんと計量して下さい。目盛りを読みとる方式では、どうしても誤差が出ますので、デジタル式のはかりが、やはりいいですね。蕎麦粉と小麦粉を合わせてふるいにかけます。ふるいは、ケーキ用のものでもいいですが、どうせ購入するなら、30メッシュ程度のものが最適です。粉が舞い上がりやすいので、家庭では嫌われるかもしれませんが、不純物を取り除く、固まっている粉をほぐして水回しをやりやすくする、蕎麦粉と小麦粉を混ぜるなど必須の工程です。ここで60メッシュなどを使うと、なかなかふるい終わりませんし、ふるいを通らない粉なんかも出てきたりします。30メッシュで通らないときは、相当の荒挽き粉が含まれているということになります。これは打ちにくいかもしれないと根性を据えて取り掛かるべきです。

 ふるいにかける前に、そば粉と割り粉を混ぜておくか、最低限、同時にふるいに入れる必要があります。別々にふるったのでは全く混ざりません。後で手で混ぜるのに時間がかかります。少しでも要領よく作業する必要があります。

<水を加える>
 さて、いよいよそば打ちの始まりです。以下、写真は1.2キロの玉です。文章は500グラムです。写真の方が大きいので間違えないでください。

 まず、そば粉と小麦粉をよく混ぜて下さい。混ぜ終わったら、粉の表面を出来るだけ平らにしながら、真ん中をちょっと低くします。そこへ225グラムの水の四分の三をざっと入れて下さい。無理に粉全体に振りかけようとする必要はありません。万遍なく振りかける方に意識が行き過ぎて、間違えて水を全部入れてしまう人がいます。そうすると入れすぎになる可能性もありますので、ここでは水差しの方に注意を向けて下さい。最初はどの程度入れたかが分かりにくいので、四分の一の量の水をあらかじめ別の容器に移しておくという手もあります。そうすれば、残りの水はちゅうちょなくざっと入れることができますね。
 

 次に、真ん中の水の上に回りの粉を振りかけるようにして撹拌を開始します。直接指に水が触れるとその周りにたくさん粉がくっついてきますので、できるだけそうならないようにしたいのですが、ある程度は仕方がありません。初めは、両手の指と指の間をあけてざっくりと粉と水が混じりあうように腕を前後左右に動かします。水の塊を感じなくなったら、両手の指の間を空け、両手のひらを上に向けて粉の下に手を差し込み、粉をすくい上げるようにします。指の間から、水をたくさん吸ったゆるい塊りが砕けるように下に落ちます。その動きを繰り返すことで、水を多く吸った塊りを力を加えずにばらしていくのです。壊れた塊は、水を多く含んでいますので、あまり水を含んでいない粉にくっついて水分を分け与えてくれます。

この作業をしばらく繰り返し、大きなゆるい、柔らかいかたまりをあまり感じなくなったら、両手の指を立てて鉢の中全体をかき回すように腕を動かします。この時にこねる動きが入るとダマになった部分がより強固なものとなり上手く全体に水が回らなくなってしまいます。こねてはいけません。どういう動きが「こねる」動きなのか、説明困難ですが、水回しでダマがたくさんできてしまうのは、こねる動きが入るなど、水回しの作業がうまくいっていないことを示しています。手の形は、テーブルの上のグレープフルーツを真上から掴む、そういう形です。この形を崩さず、両手を時に大きく、時に小さく円を描くように回します。この作業を「水回し」と呼んでいます。読んで字のごとく、水を均一に回すのです。粉の一粒一粒に水を回す、そういう気持ちでやってみて下さい。
 初めての人は、指を使うというか、動かそうとします。粉を摘むような動作が多いですね。そうではなく、さっきいった形の義手で粉をかき回している、そういう意識というとわかるでしょうか。 
 要するに手の形は固定していなければなりません。しかし、ただ固定していればいいというのでなく、より重要なのは、固定しつつ、指先に当たる、ダマになった粉の固まりを指先の感触で、鉢に押しつけるなり、指ではじくなりして、ばらします。また、鉢にこびりついた粉もこすり落としながらかき回します。

しかしながら、ただ単純にかき回すだけでは時間だけが経って一向にその目的である全体に均一に水を回すことができません。塊の中に抱え込まれた水を、その塊をほぐすことによって外に出し、まだ水をもらっていない粉につけてやる。これが水回しです。こねる動作が入るとまずいのは、水をたくさん持っている塊りをこねてしまうと、簡単にはばらせなくなってしまい、いわゆるダマになってしまうからです。いかにしてダマを作らないかが重要です。このへんの感覚は、ある程度やれば次第にわかってくる筈ですが、かなりのベテランでも目的意識がはっきりしない人もいます。全ての作業には目的があります。自分なりにその目的を明確にし、目的達成のために何をなすべきかを、考え、それを実行すべきです。

 水回しのやり方はいくつかあります。今述べたのが代表的な一つの方法です。通常は、いくつかのやり方をミックスして水回しを進めます。
 二つ目の方法は、両手で粉を挟むようにしてちょっと上に放り投げるような動作です。拍手するときの手の形で粉を挟んで10センチほど持ち上げて離す、そんな意識でしょうか。主として両手の親指と人差し指で粉を挟んで上方に軽くあおるような動作です。あまり放り投げるとこぼれてしまいます。こぼれない程度にということです。手前または向こう側から順番に何回かやります。この場合も、遊んでいる粉を作ってはいけません。
 三つ目のやり方は、両手のひらで、粉を挟み手のひらを軽くこすり合わせるようにしながら、大きな塊をほぐす動作です。一見すると両手で捏ねているように見えるかも知れません。そんな形です。しかし、この動作では、捏ねているのではなく、ダマになりかかった固まりをほぐすようにします。塊りになっているところには、水がたくさんあるのです。これをほぐして水の少ないところに回してやる、こういう動作です。手前から向こうに、または向こうから手前に順番に何回かやって下さい。順番にやるというのは、これも遊んでいる粉を出さないためです。

プロのソバ屋さんはなんというか知りませんが、私はこの第三のやり方が好きです。もっとも効率よく水が回せる感じがします。小さめの木鉢で大きめの玉を打つ時など腕を大きくは動かしにくいので、この方法は重宝します。


 なかなか言葉では説明しにくいところです。実践で色々やってみたり、蕎麦屋さんの店頭で観察して会得すると良いでしょう。私はこの三つの動作を交互に、気が向くままに繰り返します。指についた粉は適宜早めにこすり落として下さい。初心者には三番目の方法が入りやすいかもしれません。

 全体が均質にしっとりとなるまで続けます。均質にとは、粒の大きさを揃えることです。この段階で、大きなダマができてしまうのは、変な形の「捏ね」が入っているからだと思われます。指についた粉はできるだけこまめに落とすようにして下さい。指先の粉が、一番たくさん水を吸っています。

 水を加えて混ぜていてもなかなかさらさらした感じから抜けられません。水分の周りに粉がついてすっぽりと覆っているため、手に当たる感じはさらさらなのです。ですからこれらの粒をほぐしてこのさらさら感をしっとり感に変えることがつまりは水回しなのです。初めての方は、この感じが分からないため、ひたすら混ぜ続けますが、一向にしっとりしてきません。前述したとおり、何をしているか、作業の目的をしっかり認識する必要があります。指先の動きが大変重要なのです。

 
そういっても初心者には分からないと思いますので、簡単な方法を教えます。ある程度混ぜたら、粉の上から指先で突くようにしてみてください。10本の指で。しかしあまり強く突くと突き指しますから、程ほどに願います。何回も突いて下さい。そうすると指先で鉢の底に押し付けられた水を含んだダマが破れるように水を外部に吐き出す気がしませんか。何度もやっているとあれほどしっとりしなかった粉が全体にしっとりしてくるのが分かると思います。これが水回しです。プロの蕎麦打ちを見ていると、手をかき回しているだけのように見えて、実は指で突いているように私には見えます。
  
 水を加え全体に水が回ってくると、蕎麦粉が生き返ったように本来の香りを出します。蕎麦打ち人にしか味わえない蕎麦打ちの楽しみです。できる限り迅速にかつ丁寧にしっかりとやって下さい。矛盾に満ちた要請ですが、最終目標は、早く、完璧にやることです。当座の目標は、少々時間がかかっても丁寧に心を込めてやることです。初めは形を整えることが大変で、のしや切りが大事に思えるでしょうが、最後は、再びこの水回しに戻ってきます。蕎麦関係の本には、必ず、水回しが一番大切だ、と書かれています。その意味が理解できるようになった時、あなたはベテランのそば打ち人になっていることでしょう。

 初めての人は、どうしても全体に注意が行きかねて、特定の所ばかりかき混ぜ、全く混ぜられていないところが残っていたりします。できるだけ大きく手を回すとは、実はそういうことで、かまわれていない粉をなくす、そういう趣旨なのです。
 全体が、同じような感じ、つまり、粉の塊の大きさや色が均一になれば、第一段階は終わりです。水を四分の三入れていますから、個々の粉に水を付ける作業はこの段階でもう終わっていなくてはなりません。直感的に言うと、分量の3分の2の水ではなかなか全体にしっとりとした感じになってきません。水をもらった粉の回りにまだ水をもらっていない粉が大量に存在している状態で、色もあまり変わったようには見えません。4分の3以上入れると通常の水回しですべての粉にそれなりの水が回り、しっとりとした感触になり、色も濃くなります。こうなれば、全体に水を貰っていない粉は無いということになりますので、あとは固さの調整、つまり適正加水量を求める動作に入ることになります。最初の加水が3分の2以下の場合には、二度目の加水後も個々の粉に水を回してやる作業が必要で、再びダマができやすくなります。そういう観点から、私は、第一回目の加水は、4分の3以上、85%以下あたりが最適だと感じています。第一回目で必要とする水のほぼ全量を入れてしまうという主張の蕎麦屋さんもありますが、素人の私の感じでは、これ以上一度に入れると一粒一粒に水をつける前に全体に水が回ってしまい、本当の意味での水回しができないうちにこねに入ってしまうことになるケースが多いように思います。わざわざ食べ比べたことはありませんが、しっかり水回ししないで蕎麦にしてしまったものは、やはりどこか違うのではないかと思われるのです。それ以前の問題として、適正加水量は、一玉一玉個別に慎重に決めるべきで、初めから決まったものがあるわけではありません。したがって特に素人の場合には、一気加水という方法は取りようがないと考えます。

 初心者に良くあるのは、ここまで来ても水を貰ってやや色付いた粉と、まだ真っ白い粉とがまだら模様になっている状態です。初めからうまくは行きません。ただ、捏ねに入らない限りは、入れた水が乾燥しても更に入れることができますので、少々時間をかけてもできるだけ丁寧に固まりをほぐす動作を続けてください。通常は、ここまでで約10分というところでしょうか。時間はあくまで目安です。

 次の段階は、個々の粉に水を付けてやるというよりは、適正な加水量を探る動きになります。粉の重さの45%の水というのは、あくまで平均的ないし標準的な目安です。40%で足りてしまったという粉は、玄そばの乾燥が十分でなかった粉ということができると思います。反対に50%を少し超える加水を要求する粉もあります。最後は自分の判断で加水量を決めるしかありません。初めから45%と決め打ちしてどっと入れてしまうことがないようにしてください。ただ言えることは、しっかりした製粉所から買ってきた標準的なそば粉(並粉)の場合には、45%±3%の範囲内にはほぼ入ると思って間違いありません。諏訪の高山製粉のようにパッケージに適正加水量が書き込まれているそば粉も最近は出ています。ただその場合も、買ってからの時間の経過、打つ日の気温や天候、打ち手の力量等により、変わってくるところもありますので、決め打ちはしないことが重要です。あくまで最後は自分の感触で決める必要があります。

さて、水回しの最終段階です。残った四分の一の水のうち、その半分程度を振りかけます。そして先ほどの要領でかき回します。この段階では全体に水が回っているので特に大きなダマはできないと思います。小さかった粒がくっつきあって一回り大きくなってくるでしょう。ある程度混ぜたら、ようやく手のひらが解禁です。粉を手のひらで鉢の底に軽く押しつけるような動作を根気よく何度もやってみて下さい。徐々に粉がくっつきあってつぶつぶ状になってきます。パン粉からコメ粒、小豆そして大豆くらいになるでしょうか。 ある程度均質な状態になったら、残りの水の一部を手のひらで一旦受けとめ、パラパラと振りかけます。手のひらで受けとめるのは、入れすぎにならないようにするためです。ここまで来ると数ccの水でも入れすぎになることがあります。慎重に加水する必要があります。これでほぼ42%には達していますので、あとは水が足りたかどうかを自分の感覚で判断することになります。

教本の中には、粉同士が自然にくっつき合うまで水回しをしろと書いてあるものがあります。私の感覚では、粉同士が自然にくっつくまで水を入れると、ちょっと入れすぎになる場合があります。ある程度くっつくように手助けをしてやる必要があります。

 加水が適正かどうかを調べる方法として最も優れているのは、そば粉の半分程度をまとめて実際に練ってみることです。会津桐屋の唐橋さんが指導されている方法です。私は今でもやっています。やや柔らかめの粘土くらいになったら、水回しは完了ですが、ぎりぎりまで水を入れてしまうと入れすぎになる危険もあります。まだ少し硬めかなと思う段階で半分をまとめて練り、やや硬めだと確認したうえ、残りのまだまとめていないばらばらの状態の上に片手に受けた水をパラパラと振る。そして全体をまとめて練るのです。この方法が最も確実な方法だと断言します。半分を捏ねたときより全体を捏ねたときの方が硬くなります。従って、ちょうどいい硬さと思ったとしても、もう一振り水を振ってまとめに入ると良いと思います。

 初心者には適切な加水量の判断が最初の難関です。少しでも入れすぎるとベトベトになって蕎麦どころではなくなります。入れすぎたと思ったら、そば粉を振り掛けるなどして再度調整するしかありませんが、後でふりかけたそば粉に万遍なく水を回すのはなかなか難しいのです。別途硬めに水回ししたそば粉を加えて調整する方法もありますが、どちらにしても面倒かつ時間がかかります。

また、加水が少なすぎるとこねるのに大変な力が必要な上、乾きやすくポロポロになってしまい、これもまともなそばにはなりません。こねに入って、硬いと感じたときには、もう一度手でちぎってできるだけ小さな塊に分解し、その上に水を振り掛けて全体にまぶしたうえ、再度まとめてこねることにより、時間はかかりますがより適切な硬さの玉にする事が可能です。硬いと気がついたら、面倒と考えずにやり直すことが大変重要です。

 蕎麦粉によって必要とする水の量も微妙に異なります。粉の重さの二分の一を若干切る程度(半分の9割、例えば、粉1キロに対して水は450グラム)が一つの基準であることは述べました。要は、最後の段階で様子を見ながら水を少しずつ少しずつ加えていくことが大切です。誰でも最初は失敗します。一度や二度の失敗でくじけないで下さい。失敗は成功の基なのです。
 初めの頃はどちらかというと固めとなって苦労することが多いようです。なぜならこの段階で柔らかくなったように見えても、特に初心者の場合には実はまだ水の回っていない粉がたくさん含まれていることがあります。こねている内に、これらが水を奪いますから麺体はだんだん硬くなってきます。さらに、初心者は延ばすのに時間がかかります。この間にどんどん乾いていきますから、ここでも水が足りなくなる要素があります。こつとしては、いいかなと思った状態からさらに思い切ってもう一ふり水をかけてから、まとめに入ることだと思います。

 しばらくすると、要領が分ってきて、今度は柔らかめの蕎麦を打つようになります。(少なくとも、私はそうでした。) のしの途中で、くっついてしまったり、薄くのしすぎたり、切り終わった後しばらくしたら麺がくっついていた、などは、打ち粉が足りない場合もありますが、大抵は加水が多すぎるのが原因です。適切な加水量であれば、そんなにべとべとくっついたりはしません。加水を多くすると、楽に打てます。職人がこれをやると「ずる玉」といわれます。こねるときにほとんど力がいらない、という状態は、ずる玉になっていると思ったほうがいいです。徐々に水加減を厳しくして、ずる玉からさようならして下さい。何故ずる玉がいけないか、それは保存中にもくっついて団子状になったりする上、捏ねるのは楽でも、のす段階で簡単に薄くなりすぎて往生します。べろんべろんに形が崩れてしまうのは、加水が多すぎるのが原因であることが多いです。その結果きれいな蕎麦にはならず、締りのないものになってしまいます。加水が多い方が旨い蕎麦になるとどなたかがおっしゃっていた気がしますが、ずる玉の方が旨いとは聞いたことがありません。

 (私のやり方)
 前回の更新で、加水の仕方を「半分ずつ入れていくやり方から最初に四分の三を入れるやり方」に変更しました。半分づつ加水するやり方は、多くのそば打ちテキストやビデオでも紹介されたやり方です。他方、足利一茶庵の片倉康雄さん(故人)が書き残された「片倉康雄手打ち蕎麦の技術」には、最初から全量を入れると書かれています。何玉も打つ場合は、加水量もきちんと決まるでしょうから、一回で全量も可能かもしれませんが、素人はそういうわけには行きません。
 しかし何回にも分けて加水するよりは、一回にほとんどを加水するやり方の方が、私には水回しが却って容易にできる気がします。私のやり方は、想定加水量(粉の重さの45%)の75%程度を一回に入れ、二回目はその半分強、残りは最後に微調整というものです。これを本文でも推奨することとしました。是非この方法でやってみて下さい。スピードも上がります。半分ずつ加水するやり方では、最初の半分の加水では初心者が全体に水を回すことが実に難しいのです。その結果まだ全体がパサパサした状態で次の水を入れることになります。そうするとやっとつぶしたはずのダマが、またできてしまうのです。全体に水が滲みだすぐらい水回しができていれば二回目の加水ではダマはあまりできません。苦労は一回ではいいではないかというのが私の趣旨です。
 
 最初の加水からここ(水回しの終了)まで初めは15分程度、慣れてきたら10分になるように努力してください。初心者が10分以内だったら早すぎです。手には熱があります。時間が経てば放っておいても水分は蒸発します。長い時間をかけると折角適正加水だったのに、水が不足してさらに加水する必要も出てきます。ただ、この工程はまだ加水が可能な段階でもありますので、いい加減に済ますよりは、多少時間をかけても丁寧にじっくりと行うことが素人そば打ち人としては必要なことだと思います。

 手打ち蕎麦の手順の中でこの「水回し」と次の「こね」がもっとも難しいとされ、俗に3年かかると言われています(木鉢3年)。これに対して「のし」は3月、「包丁(切る)」に至っては、わずかに3日と言うんですが、若干眉唾ですね。

 例えばこんな解釈はどうでしょうか。
 「一番派手な、「切る」ところを店頭で見ていたお客から「すごいね」と言われた蕎麦職人が、「こんな事は簡単なもんだよ。切るなんざ、三日もやれば誰でもできる。しかしな、こうやって薄く延ばすのは、最低でも三ヶ月はかかる。もっと難しいのは、なんてったって水回しと、捏ねだな。三年はかかるよ。一人前の蕎麦屋になるのはなかなか大変なんだぜ。」と、蕎麦打ちの仕事の大変さを強調するために言った。」
 もっとも、通常は、水回しの重要さを強調したものとされています。確かにこれがうまくできれば後は楽ですし、うまくできなければ、まずまともな蕎麦にはなりません。
 
 初心者の水回しは、「練る」要素が加わったり、ただ目的もわからず単純にかき回すだけになりがちです。水を多く含んだ塊を練ってしまうとますます他に水をやらなくなりますし、ただかき回していても水は回りません。そのため、水をたくさん抱えた塊と、まだほとんど水をもらっていない粉とが互いに背を向けあいながら同居している状態とでもいったらいいでしょうか、そんな形になってしまいます。
 水をもらっていない粉は、のしていてもそこから切れやすく、蕎麦になっても切れやすく、茹でる瞬間にも切れます。お湯が回らずでんぷんがα化しません。口当たりも悪く味も悪くなります。水回しがうまくいってないときは、いくらこねても水の付いていない粉にはなかなか水はいきません。蕎麦粉はそういう性質を持っているのです。だから、水回しで蕎麦の出来不出来が決まるといっても過言ではないのです。

 どうすればいいか?それは水回しの目的をよく理解し、水を包んだ塊を突き崩す動作を繰り返し行うことです。塊はそれだけ水を多く含んでいます。これをつぶして、まだ水を貰っていない粉にくっつけるのです。両手がそういう役割を果たします。二回目の加水をする段階である程度水が全体に回ってしっとりとしていれば、二回目の加水はスムーズに全体に回ります。しかしまださらさらの状態であれば今度も大きなダマが出来てしまいます。その場合は再びこれを潰す動きをしなければなりません。そして全体がしっとりしたら、ここからは後半部に入り、軽く上から圧迫しながら攪拌することにより粒と粒をくっつけてだんだん粒を大きくしていくようにします。手のひらで鉢の底に押し付けるようにしながら大きく両手を動かし攪拌します。そうすると、徐々に小さな粒が出来てき、それが小豆大から大豆に、そしてソラマメにと大きくなっていきます最後はピンポンダマ大になれば加水は終了です。最後の調整に入ります。

ここまで丁寧にやれれば上等ですが、店頭などでプロのそば打ちを見ていると、ここまで水回しを徹底してやっている人は少ないと言わざるを得ません。全体がピンポン玉大になるということはすでに「こねる」という動きが入ってきているということでもあります。ここまでやればこねの時間は多少短くなり、そうでない場合はこねの時間が少し余計にかかる、この程度に理解しておいてはどうでしょうか。適正加水量さえ間違えなければ、もう少し前の段階でくくり(コネの前段)に入ってもそう問題は無いと私は思っています。
 
 文章で書けばこういうことですが、やはり、経験を積むことだと思います。一通り覚えるのにそう時間はかかりません。ただ、奥が深いです。
 こう書いてくると、水回しは本当に難しそうで、とても素人にはできそうもないような気がしてきたのではありませんか?あえて難しく書きましたが、案ずるより産むが易し、やってみればそれなりにできます。どんな名人も元は初心者だったんです。まず一歩を踏み出さないと、新しい名人は生まれませんよ。
 ごく初歩の段階は、加水量の決定が第一関門となります。しかし数回やっていく内にコツのようなものが分かってきます。1,2年たてば、加水で失敗することはほぼなくなります。修正の技も憶えます。回数で稼ぐしかありません。近道はどうもなさそうです。

<こねる>
 「こねる」というと、押し固めようとする人が多いですが、固めるというよりは、練るといった方がいいかも知れません。鉢の底に麺体を押しつけながら前方に延ばしてまたまとめてということを何回も繰り返します。加えた水を粉全体に行き渡らせる、そういう気持ちでやって下さい。固まりの向こう半分をさらに向こう側に押し出すようにし、のびた部分を手前に折り曲げて同じ事を繰り返す。こういう動作を何回かやっていると、ボーリングのピンを横に置いたような形になってきます。そうなったら、横のものを縦にして、先ほどと同じ動作をまた繰り返します。このとき腕の力に頼らないことです。できるだけ腕は伸ばしたまま、上半身の体重を掛けるつもりでやって下さい。うら若き女性でも1キロ以上の玉を打っています。力ではないのです。片倉先生は、「汗をかいてはいけない」と書き残されています。しかし、さすがに汗をかかないというのは無理です。こねるときに限らず、冬でも汗びっしょりになることもあります。塩からいそばにしないため、こまめに汗を拭くことが大事です。
 リズム感がでてくれば、もう中級と言っていいでしょう。それまでは練習です。ソバは練れば練るほど腰が出てうまくなるものではないと私は思っています。一部にそう誤解している方もいらっしゃるようですが、私はそうは思いません。練る目的は、あくまで粉全体に水を行きわたらせ全体を均一な状態にするとともに、全体に粘りを出すことにあります。したがって、10分、20分と長時間練ることは害あって益なしです。次の菊もみを入れて長くて5分、全体がしっとりしてつるつる感が出てきたら終りです。

 ただ、私はこれまで、こねることの重要性を過小評価してきた気がしています。ほんの2〜3分で終わっていた時期もありました。水回しを十分にやっていれば、こねは簡単でよいという考えでした。この考えの基本は変わっていませんが、一方で、良くこねることの重要性を主張されるプロもいらっしゃいます。こういう人たちの主張にも耳を傾けると、こねることで粘りを出して繋ぐ力を強くするという考えです。普通のそばの場合には大して意味のないことですが、繋がりにくいそばを打つときには、やはり良くこねることが大切ではないだろうかと一部考えを修正しました。その結果、普通のそばを打つ時もこねが一層丁寧になった気がします。水を全体に行きわたらせ一層スムーズな食感を得るためにもこねが果たす役割はあると今は思っています。

 なお、水回しに時間がかかり、手に着いた粉が乾いてぽろぽろ落ちるような状態になったら、その段階で手を一度洗ってください。ふつうはこね終わった段階で手を洗いますが、その目的は、麺体の中に乾いた粉を打ちこまないようにするためです。したがってその前段階でも、同じ危険が出てきた段階で手を洗うことを勧めます。もちろんその間麺体はビニール袋に包んで空気との接触を遮断しておいた方がいいでしょう。

 普通は、まとめたらそのまますぐこね始めます。ただ、例外的ですが少し寝かせた方がいいとおっしゃる方もいます。現に実践しているプロもいらっしゃるようです。寝かせるといっても30分とか1時間です。練り終わってからのしに入る前に寝かせると言っている人もいます。自分でもやってみましたが、確かにしばらく寝かせると、全体がしっとりとしてきます。それだけ繋がる力も強まったと考えられます。うまく繋がらないとお悩みの方は一度試してみてはいかがでしょうか。繋がりにくいそばを打つときも同様です。なお、言うまでもありませんが、寝かせるときは、ポリ袋にきちんと入れて、空気との接触を断つようにして下さい。何もしないで放置したら、どんどん乾く一方です。ただ、注意しなければならないのは、寝かせるとどんどん硬くなって締まってくるような粉もあるということです。粗挽き粉などはその典型かも知れません。

(菊もみ)
 つるつるとなってきたら、次の菊もみという工程に入ります。慣れてくれば、つるつるになる少し前の段階から菊揉みに入ってもかまいません。時間の短縮になります。菊もみをしているうちに表面がつるつるとまるで赤ちゃんのほっぺたのようになってきます。専門用語で、面(つら)が出る、という状態です。水が全体に回った結果です。面が出れば、こねは収束に向かいます。菊もみとは、麺体を丸くまとめ、傷のある部分を一カ所に集める作業のことですが、出来上がりの皺が、菊の紋章の形に似ていることから名付けられました。
 やり方は、塊の先の三分の一くらいの所に右手の掌を押し当て、左手をそれに添えます。右手を前方に少し押し出し、のびた部分を右手の指と左手でこちら側に戻しつつ、少しだけ塊を回転させます。以後同じ動作を繰り返します。徐々に厚みをつけるようにして、のし餅状態から、球形に近い形になるようにして下さい。上手に菊の形にするのには若干の年季が必要です。当面は、きれいな菊の形にならなくてもかまいません。中の空気を抜きつつ傷を一箇所に集めるのが目的ですから、その目標に向けてやってみて下さい。我流でもいいです。初めは、傷の中心部に左手の親指で押し込んでいく動作が入ってもかまいません。初心者は鏡餅のように全体を平べったくしがちです。仕上げに入ったら、右手の力を弱くして、全体に厚みを持たせるようにする必要があります。いずれにしても傷口が真ん中に集まれば目的の大半は達成されています。

 いよいよ最後の工程です。傷の部分をとがらせて最後は傷をなくしてしまうのが目的です。同時に、傷の中の空気を上手に追い出すことも重要な課題です。私は、菊もみした塊を鉢の中で、右側に傷のある部分が来るように置きます。左手は円錐の底辺を作るため、指を伸ばして左手で握手するような形で塊に当てます。右手は、手のひらを下にして親指と人差し指をつけ、麺体をつかむような形で上から押し当てます。そして、両手で麺体を手前に回転させながら徐々に円錐形にしていきます。右手の動きは、左から右に麺体をなでるように傷を先の方にやるように、右下方向に引っ張るような感じで、動かします。左手は底辺を平にするように動きます。これもリズミカルにやれるといいですね。
 そうすると、だんだん円すい型になっていきます。完全に傷がなくなったら、その円すいを立てて、とがった部分を手のひらで上から押しつぶし、大きな丸もちのような形にします。これでコネが終了しました。

 こねは大切な工程ですが、前述したとおり時間をかけてやればやるほど良い蕎麦になるわけではありません。すべてに共通するのは「手際よく」です。表面がつるつるになってきたらこねは九割方終わりです。丸くまとめ終わったら、ここで一旦麺体にポリ袋をかけ、乾燥防止の措置を取った上、必ず手をよく洗って下さい。

 初心者は、「押し固める」感じで苦労しています。違うのです。水を全ての粉にまんべんなく行き渡らせる気持ちで、優しく前方へ押し延ばし、また畳んで延ばすという動作を繰り返して下さい。少しずつ角度を変えることで全体に行き渡るでしょう。この場合、力のない女性など苦労しているのを見かけますが、これは玉全体を一度に押し延ばそうとするからで、玉の先のほう半分を押し延ばすようにすれば、そんなに力はいりません。誰でも出来ます。力の無い方が大きめの玉を打つ時、一番大変なのはやはりコネだと思います。ビデオなどでは両手に半分ずつ掴んで器用に捏ねるのを見ますが、なかなか習熟するのは大変です。私は、例えば2キロの玉を打つ時は、半分ずつ順番に捏ねて、最後に二つを一緒にして菊ねりするようにしています。この方が少し楽です。
 私は蕎麦のコシは、練って出すものではないと思っています。つまり、良く練ったから、良くこねたから、いいコシがでるというものではないと言うことです。あくまで、水を全体に、粉の一粒一粒に回すこと、これができれば玉は自然につやがでてこねの終わりを告げてくれます。そして、そば粉の性質そのものが、上手に水回しされたそばにコシを出してくれます。

<丸く延ばす>

 さて、よく手を洗ったら、麺体を打ち粉を振った打ち板に移します。ポリ袋から出し、麺体自体にもパラパラと打ち粉を振ってください。ただし、初心者は打ち粉を振りすぎる傾向があります。特に硬めのときは、打ち粉にどんどん水分を取られていっそうやりにくくなりますので、注意して下さい。板全体が白くなるほど振るのは振り過ぎです。打ち粉の振り方を見ても上手下手が推測されます。通常は麺体の倍くらいの直径の円状に打ち粉を振るといいでしょう。その中心に麺体を置いてください。

 いよいよ、「丸のし(地のし)」という段階に入ります。右手のひらの付け根の方を使って、丸く延ばしていきます。両手で麺体を少しずつ回しながら、やって下さい。回す角度を一定にし、どのあたりからどのあたりを何回で押すかも一定にすることで、丸みや厚みが一定になりやすくなります。 回す方向は時計周りでも反対周りでもどちらでも構いません。
 さらに、ただ単に上から押しつけるだけでは、なかなか円が大きくなってくれません。硬めの玉の場合はなおさらです。右手を真下に押すのではなく、円の外側に向けて斜め下方向に押してみて下さい。うまく延びませんか? 円形の縁をつぶさないように、つまり、一番外側に力が掛からないように注意して下さい。押し延ばすのは、その内側です。こうしている内に、真ん中の部分だけが盛り上がって、ちょうど古代の銅鏡のようになります。それでこの過程を「鏡のし」と言ったりします。
 膨れた部分は外側の特に薄いと思われる方向に重点的にのばすと教科書には書いてあります。はじめはどこが薄いのかが分からないでしょう。気持ちだけでもそのつもりになって、適当に手のひらで上から押して平らにして下さい。

この作業の注意点は、手のひらをできる限り平面に使うことです。普通の状態では、手のひらの手首に近い方は厚みがあります。そのまま押すとその厚みのあるところが触れる部分がより強く押され、麺体の平面が均一になりにくくなります。意識して手のひらを一つの面にして使う気持ちになってやってみてください
 
 延しているうちに縁がヒビ割れてくることがあります。水分が少なかったり、生粉打ち(そば粉10割)の場合にヒビ割れやすくなります。水回しの失敗も割れる原因となります。そのまま続けると割れ目がどんどん拡大します。こんな場合は、片方の手を縁に添えて撫でさするようにして、割れ目を修復しながら延ばしていくようにすると、傷口が拡大しないで済む可能性があります。人間の肌で言えば、こすって角質層を取り除きその下にあるしっとりした肌を露出させる、そんな感じです。高級?テクニックの一つですが結構効果があります。

 
 500グラムの場合は、直径20〜25センチぐらいまで手で大きくして下さい。後は棒を使って直径40センチばかりの円形にします。まだかなり厚い状態から麺棒を使いますので、上から体重をかけるようにして力強くやって下さい。手のひらの親指の付け根あたりに麺棒を当て、上から真下に向け力を加えつつ、麺棒はまっすぐ前に回転させながら押し出してください。


 最初は、ちょうど真ん中に棒を置いて、両手を広げた状態で上から棒に当て、力を真下にかける気持ちで両手のなかで麺棒を回転させ、まっすぐ前にのしていきます。上から押す、ゆるめる、ゆるめるときに少し棒が前に位置を変えるようにして下さい。両手はちょうどさようならをする時のように棒の上で30度くらい左右に振るような動きをします。リズムよくこれを繰り返すと、面体の上半分が横縞模様になります。この時も縁をつぶさないようにして下さい。縁の直前、2センチくらいのところで止めるか、かける力をゼロにして下さい。真ん中から上の方にのしていくと、棒の当たる麺帯の幅が狭くなってきますね。それに応じて力を緩めないと、先に行くほど薄くなりすぎることになります。
 同じ位置で、又はちょっと角度を変えて、二三回繰り返して下さい。
 次に、麺体の縁を持って、少し回して、同じ事を繰り返します。回す方向は時計回りでも反時計回りでも構いません。好きな方向にどうぞ。ただし常に同じ方向にした方が上達が早くなります。気分で今日は右回し、明日は左回しというのは駄目です。やる人はめったにいないとは思いますが、、、
 大切なことは、二回にしろ三回にしろ、同じ回数にすることと、回す角度を同じにすることです。これを守ってきちんとやれば、何回もやっているうちに、きれいな円形になっていきます。丸のしの最初は麺体自体がかなり厚い状態です。それをのしていくには相当に上から力をかけなければなりません。この棒の使い方は、そういう要請に応えるためのものですが、慣れないとかなり難しいです。うまくできないときは、力が入りにくく時間が掛かりますが、最初からその二の麺棒の使い方でやってみて下さい。
 円がある程度大きくなったら、今度は、表面のでこぼこを平らにしながら、さらに円を大きくしていきます。この時ののし棒の使い方が、以下のその二です。
 

麺棒の使い方 >
 麺棒の使い方を解説します。これまでは、手を開いて手のひらのたなごころに棒を当て、上から押しました。これからは、手を軽く握って、斜め後方からたなごころに棒を当てます。この状態で軽く両手を前に動かして下さい。棒が回転しながら、前方に転がっていきませんか?たなごころのところで回転しながら、前方へ転がっていくのです。滑りやすいテーブルの上でやってもうまくいきません。麺体の上でやってみると、しめった麺体との摩擦のほうが手との摩擦より大きいので、うまく転がるはずです。これを猫の手と呼ぶ人が多いです。自分でやってみながら研究すると、実際は親指でコントロールしています。知らず知らずそうなっていくと思います。左の写真を参照してください。(愛用していた麺棒に手を当てる私です。)
 棒に触れるのは指先の爪の側ではありません。指紋のある指先を軽く棒に当てる形にしてください。左の写真です。これで安定します。初めは不安定な気がして難しいかもしれません。しかし間違って爪の付け根のほうを棒に当てる形で覚えてしまうと、回転により摩擦で火傷をする恐れがあります。ご注意ください。

 ざらざらした棒や、水分を含んだ棒は、滑りが悪いので、なかなかうまく回転してくれません。のし棒は、400〜800番程度のサンドペーパーをかけたあと、手入れをして、滑りがよく、水分を吸収しにくくしておくことが必要です。手の中で棒を回転させ、回転させながら力は真下にかけて棒の当たっている部分をのばす、この要領さえ会得すれば、後は練習次第でどんどん上達します。この棒の使い方が、最も基本的で重要なものです。これに習熟するよう、練習を積むことが大事です。

 大半の教科書は、手入れにはクルミの油がいいと書かれています。しかし、あるところで、「植物性は粘つく、動物性がいい」と、生クリームを勧めている書物に出会いました。一体どちらが正解か。片倉康雄先生は、どちらでもなく、米糠で何年間も、という気が遠くなる主張です。私が、これに関心を引かれたのは、私が以前愛用していた木曽檜製ののし棒がクルミで磨いて、かつ相当使い込んでいたにもかかわらず、もう一つ滑らない、ということを感じていたためです。ひょっとすると結果を急ぐあまり、たくさんの油を付けすぎたのかも知れません。 その後は牛乳や豆乳、米ぬかなどいろいろ試しています。コツとしては、成果を急いではいけないということでしょうか。軽く手入れしながら使っていくうちに手の脂も付きますし、何となく使い易くなるような、、、、、

 なお、巻き取り用の棒は、のし棒ほどは滑りを良くする必要はありません。程々に水分を吸収しない手入れが必要ですが、ツルツルに仕上げる必要はありません。薄くのした麺体を巻き取って動かそうとしたときなど、滑りすぎると、途中でほどけてしまったり、思わぬアクシデントに遭うことがあります。

 本題に戻ります。上達のこつは、まず、滑りのいい、よく手入れされた麺棒を使うことであることは今述べました。汗をかきやすい初心者は、手に打ち粉を付けるなど、手の中で、麺棒が回りやすくする工夫が必要です。手の中で麺棒を回転させる、ということがどういうことなのか、やって見せてもなかなか理解できない人がいます。これも経験ですが、自転車にすぐ乗れる人となかなか乗れない人がいますね。そういうような側面があります。

 できる限りまん丸で均一の厚みとなるようのばしておけば、後の作業がやりやすくなります。ただし、最初はなかなか丸くなりません。きれいな円にならなくてもいいですから、焦らず大体丸く出れば良しとして下さい。きれいにまん丸に出せるようになるには多少の年期が必要です。
 それでも出来れば真円に近い形にしたいものですね。そのこつを伝授しますと、手で丸くのした麺帯を一定の角度で回転させながらのします。その時、のし方を同じにしてください。例えば、真っ直ぐ向こう側に二回だけのす、そして一定の角度を回してそこでも同じだけのす。もちろん力の入れ方も同じでなければなりません。これを繰り返すのです。例えば、回転は45度とすると、8回で一巡する勘定になります。麺帯を一定の角度回転させながら、同じのしの動作を繰り返す。このとき注意しなければならないのは、左右均等に力を加えることです。ともすればどちらかに力がかかりすぎ、厚みに大きな違いが出てしまう元になります。できるだけ両手は麺帯の上に置くようにするといいと思います。麺体を外して手を置くと、下は空間になっていますのでどうしても力が入りやすく、外れたほうが低くなりがちで、結果として麺棒とのし板が平行ではなくなってしまいます。私の経験でいえば、どうしても利き腕の力が強くなりがちです。これでは厚さに違いが出てしまいます。そういうことに注意をしながら、丁寧にやれば、自然ときれいな円形になってくるはずです。なかなか思うようにいかないかもしれませんが、練習あるのみです。しばらく経つと、結構上手になっている自分に気づくのではないでしょうか。

 厚みは均一になるように努力してください。最終的には、薄い長方形にのしていきます。しかし、なかなか形良い長方形にできません。その原因の多くは、この段階の厚みが一定でない事に起因します。きれいにできるかどうかは、案外、均一の厚みで円形にできたかどうか、この辺で決まってしまうようにも思います。耳を見れば、厚みが分かると思いますが、それでも分からないときは、親指を上にし、他の4本の指を麺帯の下に入れて円周を半周させてください。両手でやれば一周になります。指は正直です。それで厚みの違いがはっきりと分かるはずです。厚い部分を中心に更にのして、全体の厚みを揃えるように努めてください。500グラム程度の小さな玉の場合は、円形を大きくすると言っても限度がありますが、1.5キロともなると幅をしっかり出していく必要があるので、丸のしの直径をできるだけ大きなものにしておくことが後の作業の手順をやりやすくします。小さな玉の場合でも、出来上がりのそばの長さを確保する意味で、できるだけ大きな円形にすることが必要です。

<四角く延ばす>

 円形のものを打ち棒に巻いて延ばすことで正方形に変えていきます。一種の手品のようなもので、麺帯を巻き取った状態からぱっと開いた時にきれいな四角になっていると、見物人が「おー」とどよめく事もあります。

 縦の直径方向(真ん中)にしっかり打ち粉を振ってから全体を麺棒で巻き取ってください。真ん中が一番延びますので、打ち粉が足りないとくっついてしまいます。前後左右4方向から棒に巻いて延ばしていくことで、不思議にも四角くなってきます。棒に巻き込んだところが一番延びますので、これが四角の角の一つになります。
 棒に巻き付けた状態で麺体に手を当て、上から押しつけながら前方へ転がして下さい。これを二から三回やったら、棒に巻いた麺体をくるっと左右反対に180度回転させて、手前から一旦ほどくとまだ角を出していない外側になっていた方が手前に来ます。これを棒に巻き込んで同じ動作を繰り返します。角は出来るだけ直角になるようにしたいのですが、それは最終目標です。この段階で角を完全に直角にしようとすると、そこが薄くなりすぎて後で作業がしにくくなります。巻いてのすときに、真中を押しすぎるとそうなりがちですので、真ん中は程ほどにして、開いたときに、まだ曲線が残っている程度で止めてください。

 次にこれを90度回転させて(つまり棒を手前から前方にたてた状態)、麺体の角を板の右側に持ってきて、巻いていた麺体を一旦ほどきます。そうすると自分から見て左右に長い楕円形となっているはずです。再び、手前にまだ角(かど)を出していない一角(ひとすみ)が来ますので、縦にしっかり打ち粉を振って、棒に巻いて角を出す作業を繰り返して下さい。さらにこれを反対にして、四つ目の角を出します。4つの角を順番に出していくことで角はまだ丸いが全体は正方形に近い形になってくると思います。全体がひし形に見えるのはまだ十分角が出ていない隅があるのですから、そこをもう一度巻き込んで同じ動作を軽く行います。この場合も角は丸みを残してください。つまり、真中を押しすぎてはいけません。。
 初心者の場合、広げると星形になっていることがよくあります。つまり四辺が凹んだ状態です。柔らかめの玉であった場合に顕著になります。普通の硬さの場合でもよくなります。押しながら転がすときに、どのあたりをどの程度の力で押すか、それによって、形が違ってくるのです。どこをどう押せばどういう形になるか、ということを考えながら、そば打ちをすると上達が早くなるでしょうね。真ん中だけを押しすぎると、星形になりやすく、真ん中だけが伸びるので、広げたときに真ん中よりちょっと外側に皺がよりやすくなります。伸びたところと伸びていないところの境目にしわが出来るのです。これらは全て手を当てて押した位置によって決まってきます。試行錯誤で正しい手の当て方、押し方を覚えることです。
 初心者は、押す力が弱く、なかなか角が出ません。やや強めに押すようにすれば、うまくいくかも知れませんがやり過ぎるともう元へは戻せません。

 加水が多めで、柔らかく仕上がっているときはのし全体に注意が必要ですが、特にこの四つだしには細心の注意が必要です。ついのばし過ぎてしまい易いのです。一旦のばし過ぎてしまうと、もう元には帰りません。また、真中がのびやすく、しわが出来やすくなります。真中よりも外側にも手を当てて押してやることと、開くときにゆっくり行って、手でしわをのばしながらやるような気持ちが必要です。加水が多すぎる場合、この四つ出しで失敗してそばにならないことが多いです。いずれにしても、適正加水が重要だということです。また、何事にも程々が重要ということです。

 こうして何度か微調整をして下さい。最後の調整は四角くなりかかった麺体を全部広げて、麺棒を使い、厚さが均一になるように延ばしていきます。正方形に近くなった麺体の四隅はたった今延ばしたばかりですから、かなり薄くなっています。それに比べて辺の真ん中あたりは一番厚い状態です。この厚い部分を出来るだけ角の薄い方に持っていくようにします。蕎麦用語で「肉分け」です。
 肉分けのやり方には、大まかに言って二通りの方法があります。一つはのし棒で厚い部分を角の方に出来るだけ押しやることで均一な厚みにする方法。もう一つは、巻き棒を使って、巻きのしをする方法です。

「巻きのし」とは、先ほど角を出すためやった方法を角から巻き取るのでなく、手前の一辺に平行に巻き棒を置き、そのまま巻き取って、前方に転がしながら、全体に満遍なく手で力を加えることで、全体をのしていく方法です。手の力の加え方で形がいびつになる可能性がありますが、初心者には比較的やりやすく、中上級者でもスピードが速く麺が乾きにくいなどのメリットがあります。500グラムでも幅は70センチは出したいのです。幅が麺の長さに影響します。巻きのしすると巻きのしした方向に全体が伸びて長方形になります。縦が70センチ程度になるまで巻きのしすれば、それを横にすれば幅が70センチになります。ただし、両方向から同じように巻きのしすることを忘れないでください。後10センチ幅を出したいなら、片方から5センチ、反対側から5センチそれぞれ出すつもりでやらなければなりません。実際はそんなに厳密にはいきませんが巻き取ったとき内側になったほうが伸びやすいので片方からだけたとえば10センチ出してしまうと、伸びたほうは当然薄くなります。その縦のものを横にして今度は前のほうに伸ばしていくのですが、右側か左側のどちらかが全体として薄いので薄いほうはあまりのばすことができず、厚いほうだけをどんどん伸ばすことになり、出来上がりは大変いびつな台形を縦に置いたような形になってしまうのです。

そうならないために、両側から同じように巻いてのして下さい。これで片方だけが極端に薄くなるということはなくなります。全体の厚みがかなり均一化し、以前よりは薄くなってきます。最後にのし棒を使ってのす時も随分楽になるのです。最終的に、500グラムであれば70センチ四方位にすればよいでしょう。きれいな四角形になるに越したことはありませんが、はじめの内からそんなに上手に出来るはずがありません。 

 以上が専門用語で「四つ出し」又は「角出し」及び「幅出し」と呼ばれている作業です。慣れない内はかなり難しいと思いますが、何事も練習です。慣れてくればだんだん四角になってきます。できるだけきちんとした正方形にすると後が綺麗にできます。丸のしがきれいな円形で、厚みも均一に仕上がっていたら四つだしも上手に出来る可能性が高まります。前段階が次に影響します。つまりは総合力ということで、どこかの工程だけがずば抜けて上手になるというようなことは通常は考えられません。全体として徐々に上達するということです。

 元々円形であったものを正方形に延ばし、さらに長方形に延ばしていくことになりますが、蕎麦打ちの作業の中で、四つ出しが、言ってみれば一番無理がある工程です。円形で均一な厚みの麺帯を正方形で均一の厚みの麺帯に変えるのですから、頭で考えても難しそうだと理解はできます。多くの地方で今でも行われている一本棒のそば打ちでは、最後まで丸く出していきます。そういう意味では、より自然な打ち方といえるかもしれません。昔はみなそういう打ち方をしていたと思われますが、蕎麦が江戸に入り、狭い蕎麦屋の打ち場で打たれるようになったとき、狭い打ち場でも大きな玉が打てる方法として職人が思いついたのが円を長方形に変換?して打つ今の江戸流のそば打ちだったと思われます。のす作業をする部分以外を二本の巻き取り棒で巻き取ることで狭い打ち場でも5キロの玉でさえ打てるのです。そういう意味では、四つ出しは江戸流そば打ちの胆の部分であり、それだけ慎重に進めていく必要があるということになりますね。
 

<長方形にのばす>

  500グラムの場合、四つ出しが終わって一辺を70センチも出すと大体その厚みは平均すれば2.0ミリを少し超えたくらいになっています。もっと大きな玉の場合は、3ミリ以上あるのですが、500グラムであれば、この段階で大きさとしてはほぼ出来上がっています。ただ、まだでこぼこで、薄くなったところとまだやや厚めのところがある状態です。これを1.5〜1.8ミリ程度を目標として棒を転がしながら表面のでこぼこをならしていきます。そのやり方は手前半分を棒に巻き取り、作業がしやすいように全体を手前に持ってきて広がっている残りの半分に対して作業をします。

 500グラムの場合には、さらに薄くしようという気持ちはいりませんが、厚いところを薄くして厚みをそろえつつ形を整えていくことになります。何回かやっている内に感じがわかってきます。半分が終われば、一旦全部を棒に巻き取り、方向を逆にして、今度は延ばし終わった方を三本目の棒に巻いて、残りの半分を延ばして下さい。

1.5ミリってどのくらいの厚さなんだろうかと、疑問に思うのは当然です。見ただけではなかなか分かりません。物差しがあると便利です。ホームセンターに行くと、1.5ミリや2.0ミリの厚さの樹脂の板を売っています。それを購入し、1センチ幅に切れば立派な厚みゲージができます。のしの段階でそのゲージを耳(左右の端)のところに当ててみると厚さの程度が分かります。最初はそのゲージを当てながら伸してもいいでしょう。厚すぎたり薄すぎたりすることがなくなります。いつまでもそれに頼るのは、作業の効率も悪く、感心しませんが、何度もやっているうちにゲージを当てなくとも大体目測できるようになります。
 
 
 耳の部分を延ばしながら目で見て厚さを確認し、さらに手で触って厚さを確認し、ゲージを当てて確認しながら、均一にのして下さい。 できるだけ耳は真っ直ぐ伸ばしたいものです。右の絵を参考にして耳を真っ直ぐ伸ばす方法を会得して下さい。
 右図で言わんとすることは、麺体はのし棒と直角の方向に伸びて行くということです。従って上の図のように凹形になっているときは右斜め上方向に棒を使い、反対の場合は左斜め上方向に使うのです。これで耳は限りなく直線に近づいていきます。この要領さえ分かれば耳は真っ直ぐのばしていくことができるでしょう。このことから、本のしは左右の耳の正面に身体をもってきてやらなければならないという意味がおわかりいただけると思います。真中に陣取って左右をのした場合にはどうしても棒が左右それぞれ斜めになります。そうなると麺体は扇形にどんどん広がっていってしまいます。中央に陣取り、麺棒を常にまっすぐ使える技術がない限り、まずきれいな長方形にはなりません。耳を伸ばした正面に体の中心が来るように、右、左と体を移しながら本のしを進めます。これは言葉を変えれば、半分ずつのせという事でもあります。例えば幅が70センチあるものをいっぺんにのすのは、大仕事です。しかし半分のすつもりなら、それほど力は要りません。

 出来るだけ綺麗な長方形にしたいのですが、そのために気をつけることがあります。それは、巻き取った麺棒を開いて本のしに入るとき板の手前の辺と麺体を巻いた棒をきっちり平行になるように置くことです。そうすることで、耳をのす時、板の縦のラインと平行にしていけば綺麗な長方形になることになります。つまり、作業の目安がつけやすくなります。こういう手順をルーティーン化することで、そば打ちの精度が上がり、手早く、しかも仕上がりがより美しくなるというわけです。
 

 耳が真っ直ぐになっているかどうかは、目で見ればわかります。しかし、厚みは直接には見えませんし、均一にするのは、そう易しいことではありません。端は耳の影などで、かなり正確にわかります。しかし中央部分はそういうわけにはいきません。名人は、「色で見ろ」とおっしゃっていますが、私は未熟ゆえ、まだ色で厚さの程度を正確に判断することは出来ません。ここはもう薄いな、というぐらいは分かりますが、、、
 薄くしすぎると、破れてきます。破れて初めて、薄すぎたことに気が付く事も珍しくありません。特に、細打ちしたいときには厚みを揃えることが重要で且つ難しくなります。常にそういう意識を持ってのしの作業を行って下さい。

 実は、「均一にのす」ことは非常に難しいです。私にとっても未だに、いかにして均一に薄くのすか、が大きなの課題です。最初の頃はあまり意識はしませんでした。かえって何年もたってからの方が、厚みについて難しさを感じるようになりました。切り幅は、見た目で分かりますが、厚みは切った後でなければ自分の目で確認できません。初めは、切る方に目を奪われているということかも知れませんし、大体できればいいとラフに考えていたのかもしれません。。
 あるプロの方のそば打ちを見ていたら、何度も何度も厚みを調整していました。プロでもこんなにやっているというのが、私にとっては新鮮な驚きでした。どんなにきれいに切りそろえても、厚みが不均一では太さの違うそばしかできません。基本的には両耳の厚みを陰などで確認しながらのしていきますが、常に厚みをチェックしながらのす、巻き取ったときに横から厚みを見る、手で撫でてみる、などいろいろな方法を駆使して、均一にのすことにチャレンジして下さい。
 
 私はのし終わった部分の厚みをチェックするため、巻き棒の両端を持ち上げ、浮かした状態でこれを前方に持っていきます。そうすると、今のしたばかりのところが軽く前方へ折れ曲がります。その曲がった部分のへたり具合、つまりだらっとした具合を見て全体の厚みが同じかどうかを確認します。(右の写真)曲がった部分が同じようになっていれば厚みは同じであるということです。この検査で主としてチェックしているのは、厚みの高さと中央部分が厚くなっていないかどうかです。交互に片方の耳を正面にして身体を入れ替えながらのすのですが、その時中央に置いた手の押し方が弱いとどうしても真中が厚くなってしまいます。この場合、耳に近いほう(両はじ)がのび過ぎて、皺ができやすくなります。耳のほうに皺ができるときは、真ん中を押す力が弱いからだと思ってください。初心者は特にそうなりやすいので、注意が必要です。左右どちらを伸す場合も真ん中になる手に力をこめることが必要です。はじになった手は軽く添える程度にします。そうすれば全体が均一に伸していけます。

  そして、ちょっとでも厚みにむらがあると思ったときは、ためらわずに再調整してください。薄くなり過ぎたものはどうしようもありませんが、厚いところは薄くできます。ちょっとした手抜きが、結果を大きく左右すると心得てください。
 四角形から長方形に本のしを行うとき、手前半分を巻き棒に巻いて、先の半分をのします。そして、半分のし終えたら、今度は方向を反対にして、同じくのし終えた手前半分を巻き棒に巻き取り、まだのしていない先の半分をのしていきます。
 私は長いこと、これで終わりにしていました。厚みは、伸しながら、耳の縁の影を見たり、触った感じで判断し、それで一丁上がりとしていたのです。しかし、これは大きな誤りであったことに気づきました。この程度のチェックでは、均一の厚みには決してならないのです。
 まず、巻き取った麺体の耳のほうから厚さを確認します。当然反対側からも確認します。そうするとまだ厚い所が見つかるはずです。特に厚さの違いが見つからなかったら大変な腕の持ち主といっていいでしょう。相当うまくのせた場合でも完全というのはありません。従って、最低一回は、先ほどと同じ動作を繰り返し、厚みの微調整をする必要があります。私はこの微調整に神経を使うようになって、時間は若干長くかかるようになりましたが、出来上がったそばが、一皮むけたものになったような気がしています。プロも調整の必要は口を酸っぱくして言っています。この辺りが、中級と上級の分かれ道になるのかな、というのが今の私の心境です。これを読んだ方は、私のような回り道をしないで良くなったわけでこの点だけでもここまで長い文章を読んでいた甲斐があったのではないかと思います。自画自賛ですが、、、
 まだ厚い場合にはより薄くなるように調節が可能ですが、薄くなりすぎたものは、調整のしようがありません。ということは、本のしの段階で調子に乗って薄くしすぎると取り返しがつかないということです。特に加水が多目の時は、知らず知らずの内に薄くなってしまいます。厚さをそろえるとは、厚いところをなくすというだけでなく、薄すぎるところを作らないということでもあるということを覚えておいてください。

 ここはとても大事なことなので、繰り返し言いますが、全体を同じ厚さに伸すことは、蕎麦打ちの工程の中で最も重要なことの一つです。一方で時間をかけすぎると、風邪を引かしてしまう(表面が乾燥して鮫肌状態になる)という問題がありますので、もたもたはしていられませんが、ぎりぎりまでこだわって下さい。いつも同じレベルの蕎麦を打ちたい、機械で打ったと間違われるような蕎麦を打ちたい、そんな願望も厚みが完全に揃えられなくては、夢です。
 長方形の両端が真っ直ぐにならないと悩んでいる方もいるでしょう。実は私もなかなか真っ直ぐになりません。なぜ真っ直ぐにならないのか。左右の厚みが大きく違っていればなかなか直線にはなってくれません。板が完全な平面でない場合も難しくなります。上手な人のそば打ちをじっと眺めていて、気づきました。先にも書きましたが、四つだしの段階で、角をあまり薄くせず、丸みを残していることを。四つだしが終わった段階では、角は薄く、辺の真ん中は厚くなっています。そのままのせば、真ん中だけがどんどんとんがっていくことになりますので、肉分けをして、できるだけ真ん中の厚みを両端のほうに分けていきます。しかし、両端がその時点で薄くなりすぎていると、なかなかそちらに厚みを分けることができません。そこに余裕があると、真ん中の厚みを上手に端に移しながら、きれいな直線を出していくことができます。

かつては、あまりこの直線に拘らなくても良いと書いていたのですが、ここが波打っていると巻き棒に巻き取るときに大変難渋します。時間もかかります。できるだけ直線に近いものとなっていれば、そういう問題も起こりませんし、出来上がりもきれいで、かつ、切れ端の量を減らすことができます。真っ直ぐにできるに越したことはないので、今ここで書いたことを参考にして、直線にできるよう練習してみてください。 ただ、それ以前の工程がしっかりできていないと最後だけあがいてもどうにもならない点でもありますので、初心者は全体のレベルを上げる中で、この点についても考えて欲しいと思います。

 以上は蕎麦職人の手順です。長方形に延ばしていくのは、棒に巻き取ることにより乾燥が防げること、狭い場所でも作業ができることや、この方が出来上がった蕎麦の長さがそろい形がよい上、無駄が出ないからと思われます。ただし、元々円形だったものを正方形にそして長方形にしていくことになりますので、どうしても厚みを均一にすることに無理が生じます。その無理を作業の中でなかったことにしてしまうテクニックを身につける必要があります。
 中央部分がどうしても素直に延びてくれないことがあります。板の中央部がへこんでいるときに起こりやすい現象です。板がちゃんと平面になっているか、よく確認して下さい。棒が曲がっている場合もあります。うまくいかないな、と思うときには、道具を確認することも問題解決に繋がります。必ずしも貴方の腕が悪いとばかりは限らないのです。
 
 何度も言いますが、のしの時の立つ位置も大事です。無精な人は真ん中に立って、右、左と向きながらのしています。しかしこれではどんなに上手にのばしても末広がりの扇形になってしまい、耳を真っ直ぐにきれいにのしていくことはできません。必ず右半分を伸すときは身体も右に移し、耳を正面にして真っ直ぐのすようにして下さい。左の時も同じです。こうしてのしていると耳の所ばかりがのびて皺になり、その上を誤って麺棒を転がして麺帯を破ってしまう、そういう失敗を経験する事になります。その原因は、真ん中をのす腕の力が弱いからです。例えば右の耳をのす場合を考えましょう。麺棒の右の方は麺帯から外れ下は空気です。自然と麺棒は右側が下がりがちになります。そうすると当然ながら、右の耳の部分がより強く圧迫され、薄くなります。これが皺の原因です。解決方法は、左腕にもう少し力を入れて、麺棒を水平に保つことです。つまり、耳の部分も、真ん中の部分も同じように伸すということです。どうしてもうまくいかない人は、右手の位置を麺帯の上にキープするようにしたらどうでしょうか。つまり、耳の位置より右側には出さないようにするということ。これで必要以上に右側を押し下げる力は掛かりにくくなります。左側を伸すときも考え方は同じです。
 以上を実行することにより、耳を伸すときに同時に真ん中部分も適切に伸されます。その結果、耳の方と真ん中で厚さが違うというのしの最大の課題が同時に解決することになります。つまり、右、左と身体を入れ替えながらのしていって耳のあたりにしわが出来ないということは真中部分も適切にのされているということに他ならず、厚みもほぼ揃っていると推定できるのです。 

最近私は、厚みのチェックで、問題があるのが、ほぼ左側に集中していることに気づきました。打ち場のライトの加減があるのかもしれませんが、私は、やはり左手が右手よりは器用でないことが原因だと思います。力も弱い。チェックの結果では、左が厚いところが多い。人間の体は不思議なものだと思います。こんなところにも影響している。利き腕が左の人は右の方に注意を向けてください。できればのしは一回で終わらせたい。巻き取ってチェックしてもう一度では、時間ももったいない。私は最近は左の方により注意を向けて、厚いところが残らないように気をつけています。その結果、一通り終わってからもう一度再調整する回数は徐々に減ってきています。

 初めての方の多くは、おそるおそる棒を扱っています。麺体の硬さにもよりますが、ある程度力を入れないと延びていきません。時間ばかりかかって、表面が乾き、かえって切れやすくなってきます。ある程度大胆にやることも必要です。

<打ち棒の使い方 その二>
 麺棒は、前方に動かしますが、力は真下にかけています。さらに、後ろ向きに動かしながら、真下に力をかけることが出来るようになることも重要です。下に力をかけないで前に前にと延ばすだけでは、一旦耳に裂け目ができるとこれがどんどん拡大してしまいます。初心者の麺棒の動きはこれです。
 慣れてくると、上から麺体を押さえつけるような動きや後方に動かしながら延ばす動きもできるようになります。そうなって初めて、破れやすい難しい麺体も何とか蕎麦にすることができるようになります。

 特に、下向きに力を加えることが重要です。棒の当たっているその部分を延ばす、そういう感覚が大事です。そのため、棒を前方方向に回転させつつ、力は下向きに加える、そういう延ばし方を覚えなければなりません。易しいことではありませんが、そういう気持ちを持ってやっていれば、いつかできるようになっていると思います。

 のし棒について、太いものより細めのもののほうが力が入りやすいといいます。これは本当でしょうか。下向きに力を加える場合、当たっている面積の小さいときのほうが同じ力を加えても麺体に当たる力は大きくなります。細い方が力が入りやすいというのはそういうことなのでしょうね。しかし、細い棒だと上から押す力も入れにくいという問題があるように思います。まあ、極端に太い棒や細い棒は別にして、30o前後で自分が使いやすいと思う棒ならそれでいいのではと今の私は思っています。

 蕎麦粉は千差万別です。いつもいつも打ち易い、都合のいい粉ばかりとは限りません。どんな粉でも一応は蕎麦にする、これができれば鬼に金棒ですね。もう上級者と言えるでしょう。 どちらかといえば、打ちにくい粉のほうが多いのが実情です。また、これまでの経験では、打ちにくい切れやすいそば粉の方が美味しかったことが多くあります。そういうことですから、難しい粉を何とか麺に仕上げるテクニックは大変重要であり、かつ効用も大きいものがあります。もちろん難しい粉を麺にするため必要な技術は、麺棒の使い方だけではなく、水回しに上達することが必須です。いずれにしても麺棒が麺体に触れているその部分に垂直に力を加えて、その他の部分には全く影響なくのしていく。これが出来るように練習してください。初心者はどちらかというと全体を引っ張って伸ばすような麺棒の使い方になりがちです。いったん切れ始めた麺帯はどんどん傷口を拡大していくことになります。もともと蕎麦は、繋がりにくいものをだましだまし麺にする、これが本質です。従って、時々は、生粉打ちに挑戦したり、割り粉の量を1割にするなど難しい蕎麦打ちに挑戦することで、確実に腕が上がります。その際はくれぐれも蕎麦は繋がらなくて当たり前なのだということを忘れないようにしましょう。
 

<たたむ>

 全体をのし終えたら、いったん全部を巻き取ります。そして、手前に引き戻し、右を前方遠い方に、左を近い方に半分(90度)回して、それを打ち台の左端に移動し、棒を右方向に回転させながら、巻き取った長さの半分と思われるところまで開きます、長方形の長い方を半分開いた形になります。
 ここで、打ち粉を十分に振って下さい。特に柔らかめの時はくっつきやすくなっていますので、多めに振って下さい。そして、残りの半分を今度は左側に開きます。打ち粉をふった上に重ねる形になります。この時点で棒ははずれます。
 次に、主に自分から近い方の半分に打ち粉をふります。遠い方の半分にも軽く振ります。遠いほうの縁を丁寧に持って、切れないように引きずりながら手前の半分に重ねます。続いて、主に自分から遠い方の上側半分に打ち粉を振って下さい。同じ要領で、近い方にも軽く打ち粉を振り、今度は最初とは逆に手前の縁を持って向こうの半分の上に重ねます。これで面積ははじめの八分の一、つまり、八枚重ねとなります。
 この結果、元の長方形の短い一辺が例えば70センチとすると4分の1の17.5センチまで畳むことになります。(厳密に言えば、厚みがありますからこれよりは短くなります。)これを切るわけですが、包丁を前方に押しながら切りますので、先の方の折ったところは例外なく切れてしまいます。しかし、手前の折った部分はたいてい繋がり、計算上は35センチのそばが出来上がります。手前も切れやすい方は、少しでも繋がるように努力することを目標としてください。そうすれば、長いそばは30センチちょっとということになります。折ったところで切れてしまう蕎麦も出ますから、これらが混在するそばになります。
 
 
 せっかく切った蕎麦が切り口でくっついてしまうこと(専門用語で、「口が開かない」という)や、たたんだ上と下でくっついてしまうこともありました。本当にがっかりです。くっつくのは、水が多すぎることに根本原因があります。しかし、はじめの頃はこれが多いのです。事後の方策としては、できるだけたくさん打ち粉を振り、また、確実に口開けをしてそこに打ち粉をつけるようにするしかありません。

 これまで私は、たたむ時は下になる方の半分の部分だけに打ち粉を振るようにしていました。重ねるのだから同じだと思っていたのです。しかし蕎麦は結構くっつきやすいものです。最近私は、念のためということもあり、またたたむ時に振る打ち粉の総量を少なくするという意味も込めて、重ねる上側にも軽く打ち粉を振るようにしています。打ち粉を振ると言っても満遍なく均一に振るのは容易ではありません。片面しか振らない場合は、たまたま打ち粉が行き渡らなかった部分は全く打ち粉がないこととなり、非常にくっつきやすい状態になってしまいます。反対側にも打ち粉を振っておけばその危険は大分減少するはずです。もっとも一番最初に二つ折りするところは、半分を麺棒に巻き取っているため打ち粉を振ることはできません。そのためにも、打ち粉を振る面には満遍なくしっかり振らなければならなくなりますが、大量の打ち粉は使いたくありません。私としては、のしの段階から適量の打ち粉を使うことで、粘着性を抑え、多量の打ち粉を最終段階で振らなくてもよくすることが茹でるお湯の濁りを軽減することにつながると考え、実践しているところです。

 <切る>
 江戸時代の職人は1寸を23本に切るのを標準としたそうです。約1.3ミリとなります。厚さは1.5ミリ程度が標準で、出来上がりのそばは1.3×1.5のやや長方形の断面となる計算です。実際やってみると、かなり細い蕎麦になります。これがごく普通の標準的は蕎麦だったようです。 断面が長方形となっているのは、職人にとっては薄く均一に伸ばすよりも細く切る方が易しかったからと言われています。また、この方が茹だりやすいからではないかと考えられます。
 好みである程度太く切ってもいいですが、太いそばは長い時間ゆでないとゆだりません。一方で蕎麦は水や湯に溶けるという性質もありますので、無制限に長い時間茹で続けるわけにはいきません。そういう意味で、太さには限度があります。初めての場合は、薄くのし、かつ細く切るのは至難でしょうが、より大勢の人からうまいと言ってもらえるそばを打つためには、努力が必要です。私は切板に3p毎に印をつけています。自分の切幅を知るためです。3pを15回切れば、切幅は2oということになります。20回で1.5oです。17〜18回で1.71.8oということになります。初めは2o弱を目標にするといいでしょう。つまり1618回ですね。

 初心者は、細く切るのはなかなか難しいですね。だから、職人とは逆ですが、出来るだけ薄めにのすようにすると良いです。薄ければ幅が広くてもちゃんと茹だります。美味しく食べられるということですね。

 切り板の上に打ち粉をふって下さい。無駄のようですが、これで板が少々ゆがんでいても粉が補正してくれるので、何とかうまく切れます。
 麺体の上には打ち粉を多めにしっかり振って下さい。駒板の滑りを良くすると同時に、切った面に打ち粉が降りかかり切り口がくっつきにくくなります。遠慮せず多く振ってください。大半は切り終わった後ふるい落としますし、そこで落ちなくても茹でる際にお湯に溶け出ます。麺そのものにはほとんど残らないということです。

 身体は切り板に正対せず、 45度開いて下さい。足も右足を半歩引いてかかとを半分くらい開いて下さい。右脇を自由にして包丁を扱いやすくします。切り進むにつれ、足を左の方向ににじり滑らせます。目は、包丁の刃が入るところ、駒板の枕の端を右側からちょっと覗き込むような形になります。ただし、見るのは切り終ったばかりの麺を見てください。その厚みを見ます。適当な厚さであれば、次に包丁を送るのも同じ傾きでいいことになります。太すぎると思えば、包丁を傾ける角度を小さく、、細すぎると感じたら包丁の傾きをより大きくします。切り終わった麺を見るにしても、真ん中か、先の方か、それとも体に近い手前の方か、どこを見ればいいのでしょうか。私の経験では、先の方や手前の方,つまり端を見ながら切ると徐々に小間板の角度が曲がってきます。やはり、真ん中を見るべきだと思います。私は、今は、真ん中より少しだけ先のほうを見ています。それでうまく小間板を送れるのです。個人差があるかもしれません。ある程度上達したのに、小間板が曲がってしまう方は、自分の視線がどこを見ているかにも注意を払ってみてはどうでしょうか。

 包丁は、こま板の枕に沿わせて、直角に切り下げていきます。その際、真下に包丁を下ろすことを、押し切りといいますが、お勧めできません。刃物は、真上から直角に押すよりは、手前や向こう側に軽く滑らせるほうが圧倒的に良く切れます。そばは、体から遠い方向に数センチ滑らせて切ります。切り終わったら、包丁の刃が切り板に着いている状態で、包丁を持っている右手を使って包丁を左側に少しだけ倒します。倒したことによって、駒板の枕の部分が左側に押されて麺帯の上を滑ります。その滑った幅が、次に切るそばの幅になります。
 切る前にいちいち包丁を上げてこれから切る厚みをチェックする人がいますが、邪道です。上達しません。あくまで切り終った麺を見て調節してください。太いと感じた場合は、包丁の倒し方を少し小さめにする、反対に細いと思った場合は、やや大きめに倒す。そうやって切り進みながら調節していけば、そのうち、大体一定の幅で送れるようになってきます。殆どの初心者は、この点落第です。包丁を枕から離してしまうと、第一に、包丁を切り下げる角度が決まりません。毎回違ったものになりがちです。包丁は枕にぴたりとつけてそのまま力は真下に、刃は、5センチほど前方に滑らせてください。思った以上にスムーズに切れるはずです。包丁は、切り進んでいく間中、枕から離してはいけない、そう指導しています。ただ、あまりに強い力で包丁を枕に押し付けると、次に切る予定の箇所の上のほうが、包丁の刃に削られてぼろぼろになったりします。過ぎたるは及ばざるが如し、ということでしょう。
 構えでもう一つ大事なことは、畳んだ麺体の中心と駒板の中心、さらに包丁の中心を合わせることです。このうち、駒板は実際に目で見ることができるので、大体麺体の上に自然に中心を合せて置きますが、包丁の中心とは全く合っていないことが多いですね。大体、包丁の先のほうで合わせています。その結果、手前のほうに包丁が大きく突き出す形となり、場合によってはエプロンやズボンが切れているのに気づかないというようなことすら起こります。逆に、刃が麺帯総てに届かず、先のほうが切れ残るというようなことすら起こります。1尺以上もある包丁ですからその真中を使って切るように、常に気をつけておく必要があります。

  左手は駒板の上に置きますが、手のひら全体で押さえつけると力が入りすぎて駒板がスムーズに送れなくなります。そのため、親指、人差し指小指の三本の指を駒板の上に置き、中指と薬指は中に折り曲げて殺すことで力の入りすぎを防ぎます。つまり、左手は適当な強すぎない力で駒板を真下に向けて抑えておく、そういう役割です。中指と薬指は、第一関節(指先が第一関節です)と第二関節の間を折り曲げて駒板に付けます。この二本の指を中心として、残りの三本の伸ばした指と合計4点で駒板を押さえます。曲げた中指と薬指が駒板の真中を押さえる形になります。

 駒板が真っ直ぐ送れず、だんだんと曲がってきてしまう原因はいくつか考えられます。視線のことは前述しました。さらに、この4点の力加減がうまくいっていないことも原因となり得ます。真中をしっかり押さえることに留意しつつ、親指または人差し指の圧力を強めることにより、平行に駒板を送ることが出きるようになる可能性があります。
 また、親指と人差し指は、必ず駒板の枕から5センチほどは離しておくようにするべきです。包丁が枕を超えて指に怪我をする事例は後を絶ちません。大切な手に怪我をすると暫くそばも打てません。決して親指と人差し指を駒板の枕にぴったりとつけないでください。5p離せば包丁はまずその手前で止まります。いけないと気付いて、右手が止めてくれます。
 
 包丁は駒板の面にぴったりと当てて、そのまま垂直に、前方(自分より遠い方)に滑らせながら切って下さい。切り終わったときに、こつんと板に軽く当たる程度に力を入れて下さい。駒板にきちんと包丁を当てて垂直に切るのは、包丁の角度を一定にして麺の幅を上も下も同じにするためです。
 切る包丁の角度を常に一定に保つように努力しましょう。この角度がぶれると、上の方は一応そろっていても、下の方は太くなったり細くなったり均一には切れません。こま板の垂直面に包丁を面的にぴったりと当てながら切り下ろす事は大変重要なことなのです。
 
 麺の太さは、切り終わった包丁を少し左に倒す、その倒し方の大小で決まります。均一の太さに切るためには倒す包丁の角度を一定にする必要があります。切り下ろす前にいちいち太さを目で確認するようでは時間もかかりますし、結果的にはとても太いそばになってしまうことが多いです。おまけに、それ以上の上達は望めません。切り終わった麺の太さを目で確認しながら、倒し方を加減するようにするといいでしょう。
 細いのと太いのが混在していると均一に茹だりにくいので、ある程度細く、かつ太さをそろえるのが当面の目標です。初めから上手にやれる人はほとんどいません。しかし慣れれば必ずうまくなります。あわてず、ゆっくり確実に切っていって下さい。プロのように早く切れるはずがないのですから、むやみに包丁を早く使おうとするべきではありません。時間はたっぷりあります。ゆっくりでも確実に、これが初心者の心得と思って下さい。

 大体25回(4〜5センチ分)ほど切ると切り板の面から包丁の刃をほんの少し浮かせて右方向に移動させます。切り終わった蕎麦が右方向に移動します。刃を浮かせるのは、包丁の刃を保護するためです。下につけたまま横に滑らすとたちまち包丁が切れなくなります。なにしろ刃を直角にこすることになるのですから。これすら嫌って、きり終わった状態でさっさと包丁を置き、手で口開けをする人も多くいます。こちらが王道かもしれません。

 切り終わった蕎麦の切り口がくっつかないよう、口開けという作業をします。これまで下向きに持っていた包丁を手首を左に回して水平にして下さい。刃が右斜め前方向を向きます。さらに、刃が真正面を向くように少し肘を曲げます。これで、包丁の先が切り終わった麺の方を向きました。そば切り包丁は普段は使わない包丁の先の部分が薄く仕上げてありますね。その先を切り終わった麺の下に差込み、それをゆっくりと抜きますと麺同士が少し離れて切り口が空気に当たります。これが口開けで、包丁の不思議な構造はこのためにあるようです。ここで一旦包丁を置きます。打ち板や切り板の上に直接置いてしまうと板に傷がつく可能性がありますので、包丁の鞘でもいいですから、置くための台にしてください。握りが少し浮いていた方が、再度持つときに握りやすくなります。何度もいいますが、包丁で口開けをすることを嫌う人がいます。彼らはこの工程は全部手で行います。包丁を振り回して危険だ、という考えかもしれません。私は、そこまで厳密にしなくても、使えるのであれば使ってもいいのではないかという考えです。
 次に、両手で麺を持ち上げて打ち粉を落とします。初めに、左手で手前を持って打ち粉を払い、さらに今度は右手で下側に持ち替えて上下を逆さにして再度良く打ち粉を落とします。この作業は、打ち粉を落とすと同時に、包丁で切った面に打ち粉を回す目的も持っています。力強く振ったりしすぎると麺が切れやすいので、あくまで優しく扱う必要はありますが、打ち粉は出来るだけ落とすようにして下さい。茹でるときに全てお湯の中に溶け出ますので、打ち粉の払い方が十分でないとお湯がすぐにどろどろになって沢山の蕎麦を茹でることが出来ません。家族だけのために茹でるときはそう気にする必要はありませんが、蕎麦屋などではお湯をとっかえなければならなくなるとその間蕎麦を茹でることが出来ず、お客を長時間待たせることになるので大変嫌うらしいです。(そば屋さんでは常にお湯を沸かしておいて、お湯が濁る前に少しずつ新しいお湯を加えてお湯が濁りきらないように気をつけている。)


<保管>

 打ち粉を落とした麺はキッチンペーパーでしっかりと巻きます。これが一束です。一回で茹でる量です。時々その束の重さを量ってみるといいです。生めんで160gくらいがそば屋の一人前です。二人前を一束となるとかなり太くなりますし、家庭用の鍋では一回に茹でる量としては多すぎる気がします。1.5人前くらいがちょうどよい束ですね。私の場合で、24回くらい。それをタッパーなどに入れて冷蔵庫で保管します。冷蔵庫ではどうしてもそばの水分が水滴になってタッパーの中にたまりやすくなります。キッチンペーパーがそれを吸収して、そばが水分でぐずぐずになるのを防いでくれます。また、茹でるときの単位になりますので、取り上げやすくなる利点もあります。本格的には、漆塗りの生舟という木の箱に、そのまま入れて、蓋をして冷蔵庫という段取りのようです。蕎麦屋さんの場合には、基本的に何時間も冷蔵庫には入れておかないのが通例と思いますので、素人が真似をするのはどうでしょうか。一回一回キッチンペーパーを使うことは無駄のようではありますが、保存方法としてはこれが優れていると私は思っています。

打った翌日くらいまでは冷蔵保存でおいしく食べられますが、それ以上となると、冷凍する必要があります。冷凍する場合には、麺を少量に分け、薄く広げるような形で、アルミホイルで包みます。少量を薄くしてというのは解凍しやすくするためです。お昼に食べようと朝から解凍するならまだしも、たいがいはすぐ食べたいとなります。その場合に早く解凍できるように冷凍するときから準備をしておくのです。完全に解凍できていたらゆで時間は通常通りでいいでしょう。そうでない場合は少し長めにしましょう。冷凍保存は案外優れた保存方法です。いつでも美味しい手打ちそばが食べられるようになります。だまされたと思って試してみてください。

 切り終わった蕎麦を直ちに茹でると、蕎麦がふわふわ浮いて、茹だりにくいといわれています。打ちたてがいいのは勿論ですが、ここは少し余裕を持ちましょう。30分は寝かせよといわれています。切り終わって、鍋に火を着ける、こんなタイミングでしょうか。
 保管の際は乾燥に注意。タッパーがいいです。タッパーでなくとも、空気を遮断するものであれば、使えます。何しろ乾燥すると切れてしまいます。乾燥させないようにしなければなりません。
 プロの中には、ごく稀ではありますが、食べるまでに半日とか1日寝かせる人もいるらしいですね。味が落ちるように思っていましたが、最近考えが少し変わりました。一日冷蔵庫で寝かしたそばも結構いけます。ちょっと食わず嫌いだったかも知れません。ただ水分が少しずつ抜けていきますので、茹でるときには切れやすくなっています。より注意が肝心です。


U 茹でと盛り付け

<茹でる>
 お湯はたっぷり用意して下さい。口の広い大きな鍋があればいいですね。お湯に入れる瞬間に切れたり、固まったりしやすいので、あくまでそっと優しく扱う必要があます。沸騰したお湯の上に並べるような気持ちで、ほぐしながらそっと入れて下さい。絶対にどぼんと入れてはいけません。固まってしまいます。蕎麦屋の口伝では、「指をお湯に突っ込むぐらい」と言っています。
 すぐには混ぜないで下さい。蕎麦が切れてしまいます。上手にほぐして入れた場合には、わざわざ箸で混ぜなくとも、まず、くっついたりはしません。それでも気になる場合には、入れてから、20〜30秒経って、そばが少し浮いてくる程度になったらできるだけ太い箸でやさしく混ぜてやるようにしてください。麺に逆らわず、ゆっくりと大きくかき回すように混ぜることです。

 ゆで時間は1分を標準とするといいと思います。鍋の大きさ、一回に茹でる量、太さによっても違ってきます。麺を入れたとき、水温ができるだけ下がらない方が良いので大きな鍋と強い火力があれば鬼に金棒ですが、家庭ではなかなかそこまでは望めません。コツは、一度にたくさんの麺を入れないこと。せいぜい一人前(生そばで150〜180グラム)程度です。また、冷蔵庫から出してすぐは麺の温度が低いのでお湯が再沸騰するのに時間がかかります。しばらく室内に置いてから茹でるようにしたいものです。なかなかできませんが、、、、、蕎麦は水やお湯に溶ける性質があるので、長時間茹でることができません。太すぎる蕎麦は芯まで茹でようとすると、外側の角が解けてしまって円柱形のしまらないものになってしまいます。
 差し上げたそばがうまく茹だらず、ぶつぶつになりました、といわれると辛いですが、スパゲッティを茹でるみたいに、食べる全量を一回にお湯にぶち込んだと聞いて、はっとしました。私が差し上げる「手打ち蕎麦の茹で方」ペーパーには、一回に茹でる量のことが書いてなかったのです。当たり前のことと思ってしまっていたんですね。お湯は一回ごとに変えず、何回かは使えるということも、スパゲティしか茹でたことのない人には必要な情報ですね。

 そばの茹で時間はアッという間です。きちんと時間を計って、茹ですぎないように注意しましょう。二度三度と茹でているうちにお湯が濁り、吹きこぼれやすくなってきます。途中で差し水はしないのが、そばの茹で方とされています。できれば、火加減で調節したり、冷たいすいのうを少しお湯に触らせるなどで、吹きこぼれは大抵は防止できると思いますが、やむを得ない場合には少量の差し水は許されるのではと考えます。

 蕎麦は水溶性なので、万一十分に茹っていなくても下痢を起こすことは無いとされています。生粉打ち蕎麦の茹で時間が短いので驚いた経験がありますが、あくまでそば粉だけなのでそういう芸当ができます。二八蕎麦となると二割の中力粉が入っています。小麦粉は水にとけません。生煮えだとおなかが痛くなったり下痢になるのはそのためです。したがって、つなぎを入れた蕎麦はしっかりと茹でる必要があります。1分はそのためです。蕎麦屋の口伝には、生煮えよりは煮過ぎの方がいい、氷水で締めて出せば十分だ、というのがあります。

<洗う>
 茹で終わったらすぐに冷水で冷やすと同時に洗ってぬめりを取ります。この場合もごしごしやらないで下さい。水を換えて2回ほど洗い、最後は、できれば氷水に入れます。(冬場は、冷たい水でいいです。)氷水に入れると、蕎麦がきゅうっと締まってくるのが手でわかります。すぐにざるに上げます。

 私の洗い方です。
 中くらいのボールを3つと金ざる一つを用意します。ボールの一つに氷水を用意する。残りの二つは、水を張る。その一つに金ざるを入れておく。茹で上がったそばをそれに入れ、熱を取る。すぐにもう一つのボールに移し、ぬめりを取る。その間に最初のボールの水を捨て、再度水を満たす。ぬめりを取ったら、ボールを代え、ざっと洗ってから、氷水に移す。
 こういうようにすると効率よく洗えます。

 氷水は麺が締まりますので、硬くなります。柔らかめの食感が好きな方は、氷水は省略しても構いません。
 氷水でどれだけ締めるかは、重要な問題です。食感が全然違ってきます。私はあまり硬すぎるのは好きではありませんので、氷水に入れておく時間を短くしています。ほんの数秒です。硬ければいいというものではありませんよね。現に、最後にもう一度常温の水にさっとくぐらしてから水を切って、お客様にサーブする蕎麦屋さんもあるそうです。この辺は芸が細かいなとさすがだと思います。さっと口に入れたとき冷たくて硬いだけの感触ではせっかくの蕎麦が台なしです。
 最後に水をしっかり切ることが大変重要です。あくまで優しくが前提ではありますが、よく水を切ってください。十分に切れていないと、早く伸びます。盛った時に麺同士がくっつくこともあります。麺はあくまで一本一本ぱらぱらと離れていなければなりません。蕎麦猪口の中のから汁も早く薄まってしまいます。良いことはありません。

<ざる>
 最初は大きなざるに小さなつまみ(白魚20匹分だそうです)で取り、順番にはじっこに並べます。水を切るためです。その後、小さなざるに盛っていきますが、小さなかたまりを場所を異動しつつ、上の方からぱらぱら落としていきます。このように本物の蕎麦は、もり一枚を出すにも大変な神経を使っています。素人はそこまでやる必要はないかと思いますが、盛り方によって見栄えが全く違いますし、味にも影響するという事を覚えておいて、出来るだけ美味しそうに盛り付けるよう気をつけたいものです。出来るだけふんわりと隙間多く盛り付ける、これがコツのようですね。

 こういう風にして盛られた蕎麦は、適切に箸を使う限り絶対にぞろぞろ繋がったりはしません。箸をたてに持ち、上から数本をつまんで真上に持ち上げます。こうすれば絶対くっつきません。その半分位を汁につけて、全体を一気にすすり込む。これが通の蕎麦の食べ方です。横向きに箸を使って取りきれないぐらいたくさんの蕎麦を一辺につかもうとする人が大勢います。これでは本物の蕎麦屋さんは泣くに泣けません。箸を垂直に使い、適量を上からつまみながら汁につけて啜り込む。こういう粋な食べ方をすれば、思わず、蕎麦屋さんも緊張すると思います。
 また、蕎麦がでてきたのに、つい飲む方に夢中になって蕎麦を伸ばしてしまった経験はありませんか。いくら商売でも、蕎麦屋さんは怒ります。出された時が食べ頃です。その後どんどん蕎麦は伸びて風味をなくします。3分以内に食べて下さいと言われたこともあります。どんなに美味い、いい蕎麦も茹でてから時間が経ったのでは台なしです。もっとも大事なポイントです。
 とかく日本人は、グループで食事をするとき、全員の食べ物がそろうまで箸をつけない傾向があります。これがよい作法とされているので、子供の頃、真っ先に箸をつけようとして叱られた経験をお持ちの方も多いでしょう。しかし、蕎麦を食べるときは、この良いマナーは全て忘れて下さい。出されたら、他の人に来ていようがいまいが、すぐに食べ始めて下さい。これが蕎麦を食べるときの良いマナーと心がけて下さい。蕎麦打ち人としては、出した蕎麦になかなか箸をつけてもらえないときほど、はらはら、いらいらすることはありません。秒単位で味が落ちると思って下さい。
 

V 辛汁、甘汁の作り方

<辛汁の作り方>
 つけ汁のことですが、江戸の蕎麦用語ではだしとかつゆとはいわず、「汁」です。かけ用の汁を「甘汁」といっています。面倒くさいという人に市販のものは使うなとは言えませんが、蕎麦を手打ちしようというほどの人であれば、汁も是非自分で作ってください。というのは、市販のつゆには、いろいろなものが入っていますし、本当においしいと思えるものに出合った経験がありません。自分で作れば、作り方は簡単で味は本当に美味しいです。どうして市販のつゆは美味しくないのか不思議ですが、ここに書かれていることを参考にきちんとやれば本当においしい汁ができます。作ってみればきっと驚かれると思います。私がそばを差し上げるうちの何人かは、「つゆが美味しかった」とおっしゃいます。(そばを打つ者としては、?の反応ではあるが)中にはつゆだけは自分で作るんですという人もいます。
 それでも時には市販品が必要になる時もあるでしょう。その際は、表示を良く確認してください。本物の辛汁は、本醸造醤油、砂糖、味醂、鰹節、これに昆布が入っているかどうかで、これ以外のものが入っているのは、まず余計な添加物入りです。大半の製品はアミノ酸などが添加されています。そうでないのを探すのはなかなか大変ですが、探せばあります。もちろんストレートです。

 私の辛汁は、

 本醸造の濃口醤油を1リットルに対して砂糖160グラムと煮切ってアルコールを飛ばした味醂50100ccを加え、よく混ぜながら80度Cくらいまで熱します。沸騰はさせないで下さい。これを自然に冷まし、1週間ほど寝かせます。これが「返し」です。返しにもいろいろ作り方がありますが、これが『本返し』と言われているやり方です。醤油はお好みで、ということになりますが、知る限りでは、ヒゲタ醤油の本膳を使っている方が多いように思えます。ちょっと高いですが。私は、初めのころは、キッコーマン丸大豆醤油を使い、長野時代は、松本市にある大久保醸造の紫大尽と甘露醤油をブレンドして使っていました。味醂にも皆さんいろいろとこだわりがあるようですが、私は、養命酒の味醂を使っています。長野県駒ケ根市の工場で作られたもので、色、香りがとても上品です。寝かせる期間は蕎麦屋さんは大体一週間ですぐ使い切ってしまうようですが、素人の場合たくさん作るとすぐに使い切ることができません。醤油は簡単には腐敗することはなく、自分の経験でも何ヶ月ももちます。ただ、色が黒っぽくなってきます。味も少しずつ変質していきます。できるだけ長期間の保存は避け、その都度返しを作ることが美味しい汁を作る秘訣といえるでしょう。

 最近は本膳を使っていますが、以前のレシピで砂糖とみりんを入れると少し甘めとなる気がしてきました。そこで、みりんの量を半分に抑えることも一工夫かとこの部分を書き換えました。

 ミネラルウオーター2リットルを沸騰させ、厚削りの本節を100グラム150グラム加え、30分以上中火でだしを取ます。あくは丁寧にとって下さい。かなり煮詰まって、出来上がりのだしの量は、1.5リットル、つまり4分の3程度になります。濃いだしを煮詰めて、更に濃いだしを取る。これが辛汁のだしです。(最近、鰹節の量を多くしました。より濃いだしをとるためです。)
 東京では鰹だけでだしをとる店が多いようですが、好きずきで他のものを加えてもいけないわけではありません。関西以西はマイルドな汁を好むようですので、上等の昆布を沸騰直前まで入れたり、椎茸を使うなどのバリエーションがあります。好みで自分の汁をお作り下さい。
 鰹節は、家で削ろうなどと考える必要はありません。どだい、無理です。スーパーで袋入りを買ってくれば取り敢えずはOKです。「混合削り節」は使わないで下さい。臭いが強すぎて合いません。拘り始めると専門店で購入することになるでしょう。鰹節にも色々あります。そばに使うのは、このうちの一番上等の本枯れ節といわれるものです。最後にカビを生やして節の水分を極限まで取り去ったもので、節同士叩くと、キーンという乾いた金属音がします。それを厚削りにして、真空パックしたものが一番使いやすいです。上等の節ほど灰汁が出ません。澄んだきれいなだしが取れます。

 できただし3に対して先の返しを1加え、一旦沸騰寸前まで温めた上、冷まして冷蔵庫で一晩寝かせます。だしと返しの比率は、幅があります。有名蕎麦店の比率も実に様々で、それぞれ伝統のやり方を守っているようです。
 1対3という比率は、私がいいと思って使っている割合です。初め、もう少し返しの量を多くしていましたが、もう少しマイルドにということでこの割合に落ち着きました。20年近く使っている割合です。浅草の並木藪そばは辛いので有名ですね。ほぼ1対1に近いです。これだと、さすがにどぼんと全部を浸けては食べられないですね。自作の特権ですから、あなた自身の辛さの汁を作って下さい。返しの砂糖やみりんの量なども好きずきです。
 蕎麦屋さんでは一晩寝かせたものを再度素焼きの陶器の器に入れ、これをお湯に一時間ほどつけておく、「湯煎」という工程をやります。これをすることによって、汁が馴染み口当たりが大変柔らかくなるといわれていますが、科学的な解明はまだ十分行われていないようです。ともかく湯煎は大変効果があるとのことですので、暇と根気のある方はやってみて下さい。私はほとんどしたことはありません。

 これだけですが、非常に後口の良い、きりっとした汁ができます。スーパーで買ってくるものより何倍もおいしいと思います。お客にも好評です。大変でしょう、という方がいますが、いたって簡単なんです。手抜きをせず、ていねいに手順を実行していくことがここでの秘訣です。辛汁は冷蔵庫で何日もちますか、とよく聞かれます。自分で試してみるのが一番です。さすがに腐敗し始めると誰にでも分かります。ペットボトルを開けたときに、シューとガスが抜けるようでは危ないです。腐敗が進んでガスが溜まったということです。私の経験では、出し入れや季節にもよりますが、一ヶ月やそこらは大丈夫でした。ものの本には一週間とか十日とか書かれているものもありますが、お客に出すならいざ知らず、我が家で食べるのであれば、あくまで自分たちの舌を信じればいいと思います。なお、たくさん汁を作ったときの良い保存方法は、一回に使う分量毎に分け、冷凍することです。これに勝るものはありませんが、パートナーと冷凍庫の取り合いになっても困りますね。

<薬味> 

 ねぎ    定番の薬味。いろいろなものがあるので、自分なりに試してみて下さい。 

 大根    おろしが蕎麦には大変よく合うと思います。これも定番です。辛い方がいいですね。全国各地にその土地の辛み大根があります。中でも長野県にはたくさんの種類の辛味大根があります。その中で、ねずみ大根として有名な坂城町では、全国の産地の辛味大根を集めて辛味大根フェスティバルを始めました。実は私のアイディアを町長さんが採用してくださった結果なのです。第一回は全国から辛味大根が集まり、圧巻でした。そのうち好きな大根を何種類も選んでそばやうどんが食べられるのです。同じ大根とはいいながら、辛味も甘みもそれぞれで、本当に面白いものだと思いました。全国の何種類かの辛味大根を集めて、自由に試食できる、そんな蕎麦屋があったらいいですね。(平成26年の現在まで続いているかどうかは未確認です。) 

 ワサビ   男の料理は、天然物を使いたいですが、いい辛み大根があれば、無理して用意する必要はないというのが今の私の心境です。 

 ミョウガ   季節のものですが、私は好きです。みじん切りにして汁に入れます。 

 かいわれ  ぴりっとした辛さが良い。小さく切って供します。 

 山芋    蕎麦のつなぎにも使います。好きな人が多い。良く摺ってふわっとした状態になるまで手抜きをしないことが必要。 

 のり    これも定番ですが、品質の良いものを用意したいもの。ただし、そばと海苔がどう合うのか、私にはちょっと理解出来ないところです。出すと使う人が多いですが、ほぼ惰性という感じです。

 

<温かい蕎麦用の汁「甘汁」の作り方>
 80度まで加熱した薄口醤油(濃い口でも可)1リットルに対して、砂糖10グラムの割合で加え、一週間ほど寝かせて返しをつくる。甘汁の場合は、寝かさず、その日に作っても構いません。
 だしは昆布、鰹節、さば節その他の雑節を混合したものでとります。灰汁をていねいに除くことが必要です。ただし、辛汁のだしほど長い時間をかけて取る必要はありません。鯖節などを使うのは、飲む汁として、香りや味を出す必要があるからです。私は関西人なのでいりこなんか好きですね。
 返し1に対し、だしは1112の割合で混合します。この割合は自分の好みでもちろん結構です。

もっと簡単に甘汁を作る方法としては、だし汁2に対して冷蔵庫に保管している辛汁1を合わせれば出来上がりです。

W生粉打ち蕎麦 柚子切り蕎麦
<蕎麦粉だけで打つ蕎麦「生粉打ち蕎麦」の打ち方>
 手打ちを始めた者にとって、一度は挑戦してみたいのが、蕎麦粉100%の蕎麦ではないでしょうか。蕎麦用語でこれを「生粉(きこ)打ち」と言います。そば粉のことを蕎麦屋さんでは「生粉」ということからだそうです。生粉打ち蕎麦の作り方には二通りあります。

 その一は最も簡単に、水だけで打つ方法です。これにはこつも何もありません。二八蕎麦と同じように打っていきます。唯一の条件は、これができるいい粉(繋がりやすい粉)を入手することです。新蕎麦の石臼挽きできめの細かい粉の中に大変繋がりやすい粉があります。一番粉の部分を少なく、甘皮に近いところを多めに引き込んだそば粉が繋がりやすいと一般的にはいえます。同じ粉でもいつもできるとは限りません。粘りのある粉は打っていてわかりますから、そういう粉に出会ったときには是非やってみて下さい。こんなに簡単だったかと自分が一人前の蕎麦打ちになった気がして気持ちがいいです。
 生粉打ちを看板にしている蕎麦屋でも真夏など条件の悪いときには割粉(小麦粉のこと)を入れているとお断りが出ていることがあります。
 よっぽど粘りがあれば別ですが、さすがに生粉打ちとなると、麺体は乾きやすく切れやすくなります。打ち粉を振りすぎないよう気をつけながら、素早く作業を進めることが必要です。条件が難しくなればなるほど、これまで培ってきたそばうちの技術が生きます。つまり自分の今のそば打ちの腕があからさまに出るのです。そば打ちとは、元々繋がりにくいそば粉を騙し騙し麺にする作業だと書いた事があります。素直に繋がることが珍しいのだと思えば、難しい粉でも腹も立ちません。ひび割れてきて、今にも大きく破れそうな麺体をどうすれば何とかそばに仕上げられるか。時々はそういうそば打ちに挑戦することであなたのそば打ちの腕が上がります。
 小麦を入れない場合には、ゆで時間を若干短めにするといいでしょう。

 その二は、「湯こね」にする事です。水で打つ場合の蕎麦の粘りは、水を含んだ蛋白質の粘りです。しかし通常はこれだけでは不十分なため、小麦粉に含まれるグルテンの力を借ります。生粉打ちは小麦粉の力が借りられませんので、蛋白質の粘りだけでは不十分なときには、α化したでんぷんの粘りを併用して蕎麦に繋いでいきます。
 でんぷんをα化するために熱湯を使います。その分ゆで時間が短くなることに注意して下さい。水は通常より多めになります。3割り増し程度を用意して下さい。その3分の2程度をやかんに移し、沸騰させて下さい。沸騰したお湯を蕎麦粉に全量かけ、太い箸などでかき混ぜて下さい。火傷をしないように注意して下さい。できるだけ早く冷ます方が風味が飛ばないようで、プロは扇風機なども使うようですが、家庭でやりますと家中粉だらけになりますのでそこまではしなくても良いと思います。
 さめるに従い、手も使ってよく混ぜて下さい。残りの水を入れながら通常の水回しの要領で全体に水を回して下さい。意外にぱさぱさしていますのでこねに入るポイントを知る、つまり適正化水量を感じることが難しいと思います。片手で掴める程度の量を鉢の底に何度もこすりつけるようにして練ると、徐々に粘りが出てきます。全部の粉をそういう要領で練っていきます。湯こねの場合には、練っている内に柔らかくなってくるため、どうしても玉が柔らかめになります。これを延ばして切るのは結構大変です。つい薄くのし過ぎてしまうことがあります。ていねいに、着実にと念じつつやってみて下さい。一回目よりは二回目、二回目よりは三回目と練習を積めば積むほど上達するのが自分でもわかるでしょう。

 湯こねは、柚切り蕎麦や茶蕎麦などのいわゆる「変わり蕎麦」を打つときに必須の方法でもありますから、一人前のアマチュア蕎麦職人を目指す方には必修の技術ですが、一般のアマチュアとしてはまず基本をマスターすることに精力を向けるべきだと思います。その上で、自分の腕を試す意味でも生粉打ちに挑戦することはそば打ちの技術を一段高いところに導いてくれる技術だと言えると思います。高い目標設定もより一層蕎麦に打ち込む動機になるでしょう。

<柚切り蕎麦の作り方>
 秋が深まってくると柚切りが食べたくなります。独特の色、香り、すがすがしさ、さっぱり感、並蕎麦とはまた違った、これでも蕎麦かと思わせる、意外感のある麺です。
 用意する物
  御前粉  400グラム
  中力粉  100グラム
  柚 普通の大きさ 1個
  水 350グラム
  打ち粉又は御前粉 適量
 柚はあらかじめ、できるだけ目の小さな下ろし金で皮の部分をおろしておく。
 御前粉だけを木鉢又はボールに入れ、水200グラムを沸騰させてこれにかける。太い箸などでよく混ぜ、温度が下がったら両手を使って混ぜる。そこに中力粉を入れて、さらに水を加える。水回しの要領で進めていくが、水は入れすぎないように注意が必要。
 次に、あらかじめおろしておいた柚の皮の部分を混ぜ込む。ある程度水を入れても、ぱらぱらで一見まとまりそうにないが、片手にとって何回かこねてみるとα化したでんぷんの力できれいにまとまっていくことが実感できると思う。
 普通の蕎麦のようにはすぐにくっつかないので、一度に全体をまとめようとせず、一握りづつ練り込んでいく。思ったより柔らかくなることもある。こね終われば、後はていねいに、優しく延ばして切る。

 

X 道具編 
<木鉢(こね鉢)>
 本物は木をくりぬいて漆塗りされています。値段もびっくりする位高くなります。江戸時代、火事の時に蕎麦屋が真っ先に担いで逃げたのが、この木鉢だったといわれるほどです。持って逃げられないときは、井戸に放り込んで逃げたともいわれています。
 しかし、初心者は大きなステンレスのボウルで十分です。一家族分のそばを打つなら、通常は、粉500グラムでしょう。粉の状態で100グラムが大体1人前になります。それぐらいなら、何も特別な鉢はいりません。私も初めてのそば打ちは、家庭にあった一番大きなボウルを使いました。
 ただ、台所用のボウルは底面の平らな部分の面積が狭いので、本格的にやりだした場合、指や腕がつかえてやりにくく感じてきます。
私が使っているのは、ステンレスのボウルではありますが、木鉢の形に加工したもの(底が広い)です。どこでも買えるというわけではありませんが、そば道具店や一部の日曜大工店にあるようです。

  また、一万円ぐらい出せば合成樹脂製の木鉢も買えます。天然木の鉢を買う場合、白木の何も塗装していない物は、避けましょう。水分が木の方に移ってしまってなかなか計算通りにいきません。また、カビが生えやすく、使った後の手入れが面倒です。手が掛からないという意味では、ステンレスに勝るものはないでしょう。

  ただ、将来の話にはなりますが、一回で2キロ以上の玉を打つとなると、直径が2尺(60センチ)以上もある大きな鉢が必要です。余談ですが、江戸時代の職人の標準的な一玉は600匁(2.25キロ)だったそうです。そのために、60センチ以上の大きな鉢が必要だったわけです。

 プロは木鉢を固定するため、専用の台を使っています。ただこれは場所をとります。鉢が動いたら蕎麦が打てないということはありません。少しやりにくくはなりますが、下に滑り止めのゴムを敷けば何とかなります。大きくて重い鉢であれば動きにくく大変使いやすいですが、あまりに重いものは出し入れが大仕事です。
 一般家庭では仕舞う場所の問題もありますので、初めからあんまり大きなものは買いにくいでしょうが、大は小を兼ねますので、ちょっと大きめかなと思うくらいのものを買われることをお奨めします。ちなみに私のステンレスボールは、外径48センチです。これで何とか1.5キロの玉までは打てます。 
 
 ただ、そば打ちの道に入った者としては、やはりあの、二尺以上もある大きな、天然の材木からくり抜いて外は黒、内は朱に漆塗りした本物の「木鉢」は、ゆくゆくは入手したいですね。特に、1,5キロ以上の玉を打つようになると、あの二尺の木鉢がなぜそんなに大きくて、微妙なカーブがついているのか、その訳がわかってきます。大量に大玉を打つ時、最大にその力を発揮する木鉢だと思います。しかし、数十万円という値段も値段なら、置き場所の確保も大変です。あとにも出てきますが、そば打ちは結構場所をとります。打つ時も、打たないときの道具の仕舞い場所も。そういう意味では、家庭の主(通常は主婦)の理解を得ることは大変大事ですね。一日も早くうまいそばを打てるようになって、配偶者の理解と支援を獲得することが肝要です。

 本物の木鉢が高価になるわけは、材木の希少さがあると思います。鉢の直径が木の太さではありません。そういう方向でなく、縦に立てた形の木取りをします。しかも芯は外します。そうなると、2尺2寸の鉢となるとざっと考えても、直径は1メートル程度はないと取れません。乾燥中に割れてしまったらパーです。トチやセンがよく使われるようですが、そんな大きな天然木は一体どこを探せばいいのか、、、、

<打ち板(のし板)>
 麺体を延ばすときに使う板。最初は、テーブルの上で直にやってもよいが、お勧めは出来ません。そば打ちを続ける場合はやはり専用の板が必要です。横が1.2メートル縦が90センチくらいあると完璧です。作業は大変やりやすくなります。しかし、大きいとしまうとき邪魔になりますので、住宅事情を考えると高望みはできません。500グラム程度を打つのであれば、70センチ四方位でも何とかなりますが、長く使えるものとしては、表面を少し上等に加工した厚めのベニヤ(シナ合板)90901.2cmが最適です。34千円くらいで買えましたがひょっとするともう少し上がっているかもしれませんね。半分のが無ければ、大きい合板一枚を買って半分に切ってもらう手もあります。当然ながら2枚取れます。そば道具屋に行けば、もう少し加工した板を打っていますので、それを入手してもいいです。
 私も長い間90センチ四方のシナベニヤを使っていました。初めは少し臭いがありますが、よく拭いて使っているうちに消えてしまいます。これで、1.2キロの玉までは、殆ど支障なく打つことができます。それ以上でも何とかなりますが、1.5キロを超える玉を打つ場合は、横幅がもう少しあった方がやりやすいですね。ただ、普通はそんなに大きな玉を打つことはありません。唯一、大晦日のようにたくさん打つときだけです。
 
 普通は、1.2キロ〜0.5キロです。この解説は、その程度の玉を打つことを標準として書きました。1キロ前後と1.5キロや2キロは単なる重さの違いだけでなく、質的に違います。こねるための力が何倍か必要になりますし、のしも格段に難しくなります。さらに、例えば、鉢や打ち板などの道具類もより大きなものが必要になるなど使う道具そのものが違ってきます。

 大人五人前に相当する500グラムを打つのであれば、ほとんど家庭にある道具で代用できます。従って、最初から高い道具を買わず、とりあえず家庭にあるものを最大限活用することが肝要です。そのうち、自分の興味と関心の方向がはっきりしてきたら、道具もそれ相応のものが必要になってきますし、見る目もできてきます。
 正確な仕事をするために、のし板は歪みのない平面である必要があります。一枚板の場合にはどうしてもひずみが出やすいので、ベニヤ板は、この面でも優等生です。安いものが良くないとは限らないのです。ただ、薄いベニヤは、たわみます。特に、滑り止めのゴムを幅を空けて敷いたときなど、たわみやすく、正確な仕事ができません。素直に麺が延びていかないときは、板に狂いがないかどうかも検討すべきです。私が使っている板の厚みは、12ミリです。厚い15ミリの方がいいことは良いのですが、重くなります。出し入れしたり持ち運ぶのであれば12ミリが最適だと思います。

(小さな工夫)
 テーブルに板を置いた場合、板が滑ってなかなか思うように作業ができません。大事なテーブルに傷を付けて夫婦喧嘩の種になる恐れもあります(この場合は、「恐れ」というような不確実なものでなく必ずなると思います(笑))。このような問題は、板の下に、滑り止めのゴムを置くことで解決します。日曜大工の店で売っています。こういう細かい工夫が作業精度と能率を大幅に向上させます。職人仕事にいかに道具が大切か、やってみると良くわかります。
 最近は、安い滑り止めのゴム製品が多く出ています。玄関マットの下に敷いて、滑らなくするというような目的です。ホームセンターでカーペットや玄関マットを売っている場所にあります。

<打ち棒(麺棒、のし棒)>
 アマの中級者までは90センチ2本、75〜80センチ1本が標準。木曽檜(ひのき)の棒が上等とされていますが、いいものは一本一万円程もするのが、難点です。とりあえずは、材質は問わず、転がしてみて曲がっていないものを選ぶことが最も重要です。直径3センチのものがよいでしょう。好みもありますが、重いよりは軽めのものがお奨めです。材質を問わなければホームセンターに行けば、300円位からあります。ただし、購入後曲がってくる可能性は相当にあることを覚悟してください。。
 最低一本あれば何とかなりますが、本格的に江戸そば打ちをやるにはどうしても3本必要です。
 90センチの長い方は麺体を巻きとるため(巻き棒)、短い方は延ばすため(のし棒)に使います。特にのし棒は最も重要な道具の一つで、滑りを良くするとともに、水分を吸収しにくくするための手入れが大切です。


 ホームセンターなどで買ってきたものは、表面がざらざらしていると思います。それではダメなので、400番くらいのサンドペーパーで磨いたあと、生のクルミをつぶしてその油をすり込んで下さい。クルミ油というものも売っています。生クリームが良いと書かれたものもあります。米糠雑巾もいいようです。ただし、一度に沢山の油をべっとりと付けてはいけません。却ってべとつくようになってしまいます。少しずつ、気長にやることが大事です。手入れしたものとしないものでは、作業のやり易さやそばそのものの出来上がりが全く違ってきます。職人仕事は道具が大事という事をつくづく感じます。必ず手入れして下さい。自分でやるのはどうもとおっしゃる方は、蕎麦道具屋で、少し高めにはなりますが、ある程度手入れされたものを入手する手もあります。
 打ち終わったあとの手入れも非常に大切です。知らず知らず麺棒の表面にはそば粉がくっついています。これをそのままにしておくとカビが生える可能性もありますし、次に使うときに滑りが悪くなっています。そこで、打ち終って、しまう前に濡らした布でさっと拭いてから乾いた布でよく拭いてください。いつもツルツルの棒を使うためには、毎回毎回のこういう手入れが最も大事です。クルミ油で磨いているのにどうしてもべとつく感じが無くならないという方は、使用後の手入れは十分かもう一度良く確認して下さい。
 また、材木はどんなものでも使っているうちに狂いが出てきやすいものです。柾目の木曽檜が良いというのは、曲がりにくいということが大きな利点なのです。のしがもう一つうまくいかないという方は、板と同時に棒の曲がりもチェックしてみる必要があります。

 最初の五年間くらい、私ののし棒は、75センチでした。それで全く不便を感じませんでした。材質も、檜のような高級品でなく、ありふれたものでした。しかし軽く、手入れの甲斐あって大変滑りが良かったので、不満を感じたことはありませんでした。
 ただ、現在私は、90センチののし棒を使っています。自分としては何となくそれが使いやすいと感じるからです。名人といわれるプロの写真も見ますが、短いのし棒をお使いの方もいますね。
 のし棒は麺帯を好みの形にするため頻繁に角度を変えて使う必要があります。長いのし棒の場合、巻き取った麺帯にあたったり、他のものに当たったりで、自由に角度を変えて使いにくいですね。そういう観点から、初心者は短めののし棒を使うべきだという結論になります。融通無碍(むげ)なる棒扱いを習得するためには、短い棒から始めるのが近道です。70センチから80センチの棒を使ってください。その場合、両端はできるだけ丸く削った方が良いですね。ここが尖っていると当たったところに段ができてしまいます。

 狭い板の上で、棒の置き場には本当に困ります。どこに置いても邪魔になります。落とすと大事な棒が傷つきます。しまう場所やしまい方も問題です。保管中に狂いが出ないように注意することも必要です。直ちに代用はききませんから、道具は大事にしなければいけません。そこで、私は壁掛けを自作してみました。各自工夫されたらどうでしょうか。極端なことをいえば、板に釘を打つだけでも使えます。ただし、釘には、ビニールチューブのようなものを被せる必要があります。麺棒は傷つきやすいですから。
 更に、壁掛け型ではよそには持っていけません。携帯性に優れた棒置きも作ってみました。15センチほどの角材を二本用意し、棒を置くためのへこみを三ヶ所ずつ作った簡単なものです。衛生的ですし、見た目にもきれいですね。最も、初めからあまり道具に凝ると肝心のそば打ちがお留守になってしまいます。初めは、とにかくそばを打つことに神経を集中する方が良いですね。(笑)

 ともかく、棒使いがうまくなりたければ、麺棒のすべりを良くすることが肝心です。滑らない麺棒では絶対に上達しません。

 軽い棒がいいといったのは、力が素直に伝わるからです。湯コネなどの柔らかい蕎麦を打つときも重い棒では、力が入りすぎます。ただ、反対に無理に押さえる必要がなく力がいらないという理由で重めののし棒をお使いの方もいます。要は自分にとってやりやすければいいのですが、私は軽めをお勧めします。
 また、プロは細めを好んで使っているようです。棒と麺体の触れている面積が、太い棒は広く、細い棒は狭くなりますね。一度に当たる面積が大きいと力がたくさんいる上、結果的に荒っぽいのしになる。細い方がきめ細かくできるというわけです。

 更に、麺棒の軟度とでもいいますか、弾力性ですね、これものしに大きく影響しているように感じます。堅い太い棒であればほとんどしなりません。従って、ここを伸したいと力を入れてもなかなかそこにだけは力が入ってくれないでしょう。ある程度手で押したところに力が入る、そんな棒が望ましいのではないか、そう思います。その為、ある程度細いことが大事になってくるのではないでしょうか。もちろん棒の材質も大切です。木曽檜が良いというのも軽い上にそれなりの弾力性を持っている、その事が重要なのではないかと私は考えます。曲がりにくいという長所も併せ持っていますが。
 ただ、皆さんご存知の戸隠そばに代表される「地方のそば打ち」では太い棒一本でそばを打ち上げる所が多くあります。それもうまいそばとして全国に知れ渡っているのですから、一概に棒は細いに限るとも言えないのです。
なかなか棒一つをとっても奥が深いものがあります。ただこの場合は、棒を転がしながらのすというよりは、巻き取ってそれを台に打ちつけるようにしてのします。蕎麦を打つという言葉の語源はこののし方からきているともいわれる所以です。棒の弾力というよりは、太めでしっかりした棒が好まれるのです。
 
 私が最近まで使っていたのし棒は、長さが90センチ、直径28ミリ、重さ180グラム、合羽橋の「やぶきた」で、職人用として三本そろいで売っていた、そのうちの一本を無理を言って譲ってもらったものです。木曽檜です。とても軽いです。私はこれくらい軽いのが好きでした。一時「イチイの木」の麺棒を入手し、自分で使いやすい太さに加工して大切に使っていましたが、十分枯らしていなかったためか、狂いが出てしまいました。イチイの麺棒は故片倉康雄先生が最高の麺棒と称賛されたものです。結局今は、やや重めの300グラム近くある、ヒバの麺棒を使っています。
 巻き取り用の棒は、長さが100センチ、直径は同じく28ミリ、重さは282グラムと264グラム、木曽檜の角材から私が自作しました。巻き取り用を100センチとしているのは、のすときに出す幅、80センチとすると、四角に出すときに90センチでは少し短すぎるのです。100センチにしてから、とてもやりやすくなりました。
 
 初心者は、細めの棒を求めず、直径30ミリはあった方がいいと思います。もう少し太めでもいいくらいです。細い棒は、指が麺帯を傷つけ易いなど、慣れないと作業がとてもしずらいです。逆に言えば、細い棒を自在に扱えるようになれば、あなたも中級以上になったということです。
 初めは、格好よりも、実益中心でいきましょう。長さは70〜80センチ止まりです。まず一本から始めてはどうでしょうか。ホームセンターで売っているような棒でもいいです。一緒に400番〜800番程度のサンドペーパーを買ってきましょう。棒の表面をサンドペーパーでよく磨き、粉をしっかりふき取ってからクルミの油又は生クリームで磨いて下さい。クルミや生クリームで磨くのは、滑りを良くするほか、麺体の水分を吸収しにくくするという重要な意味があります。水分を吸収してしまうと麺棒は極端に滑りが悪くなり、のし棒としてとても使いにくくなります。棒の手入れは非常に大切です。

 ただし、早く一人前ののし棒にしようと一度に油をたくさんつけてこするのは、完全な逆効果です。べとべとして却って滑りが悪くなってしまいます。おからでも牛乳でも、また米ぬかのようなものでもかまいませんが、少しずつ根気よく続けることが必要です。油をつけすぎて滑りが悪いと感じたら、目の細かいサンドペーパーで一旦落として一からやり直してください
  当然ですが、棒は曲がっていないことが絶対条件です。購入するときに良く確認してください。材料が十分乾燥していないと、購入後も曲がる可能性があります。木目が出来るだけ真っ直ぐで、詰まっているものが良いです。

 打ち棒を三本使う「江戸流」に対し、信州や、その他たくさんの地方蕎麦打ちでは、太い棒の一本打ちです。野性味がある打ち方ということになるかも知れませんが、それはそれで、長い伝統を誇り、多くのファンを保っています。私は、江戸流の蕎麦打ちが、一つの洗練された極致と考えますので、これからも江戸流にこだわっていこうと思っていますが、これはいわば個人の嗜好の問題であり、客観的にどちらがすぐれているというのとはちょっと違うことではないかと思っています。もう一つの実質的な理由は、東京のアパートでは、とても田舎のそば打ちは出来ないということです。場所が限られます。狭いところで大きな玉を打つには、江戸流しかありません。

<そば切り包丁> 
 刃渡り33センチ程度のものが適当だと思います。24センチ位の短めのものが使いやすそうに見えますが、慣れてくると必ず本格的なものが欲しくなります。私は一ヶ月後に二本目を買う羽目になりました。
 1s以上の玉を打つ場合には、横幅をだいたい80pぐらいに出します。これを2回たたむと20p程度になる計算です。折った角が全部切れてしまったとして、これが蕎麦の長さとなります。俗に蕎麦は7寸というのに合致します。(ただし、ある程度慣れてくれば、手前の折りたたんだ角が繋がって、全長40センチ近い蕎麦も出来るようになります。)

 これを切るためには、24pの包丁は短か過ぎます。30pでもいいですがやや長めの33センチ、一尺一寸の包丁がお奨めです。片刃が普通です。右利き左利きがありますので注意して下さい。手に持って感じのいい、全体としてバランスの良い包丁を選んで下さい。もっとも、バランスといっても初心者には何だか分からないのが普通です。伝統的なそば包丁は先重心になっているようです。普通に持つと先が少し下がる感じです。他方最近もう少し手前に重心があるものも出てきているようです。先重心の包丁は持った時に少し違和感があるかもしれません。従ってあまり直感はあてになりません。これまでは自分の直感を信じて、いいなと思ったものを買ってくださいとここでは書いてきましたが、変更します。『包丁の専門店で、一番よく売れている包丁』、つまり一番オードドックスな包丁を購入してください。
 重さは1キロ近くあると思います。持った感じは結構重く感じるでしょう。包丁の重さで切るということもありますので、伝統的な包丁はこの程度の重さがあります。ただ、最近は600グラム台の軽い包丁も出てきましたので非力な女性は軽めのものを選択することも可能です。

 包丁ばかりは他のものでは代用がききません。(ただし、会津地方に今も残る「裁ちそば」という手法では単なる菜切り包丁を使います。しかしこれは例外です。)
 2万から8万円、高いものは20万円ほどもするものがありますが、これは思い切って買ってもらいたい道具です。弘法は筆を選びませんが、素人は道具を選びます。私は二本目の包丁を東京の合羽橋「釜浅」という店で、2万ちょっとで買いました。そば切り包丁の中では安物ですが、これを7年間使ってきました。当時はそれで充分だと思っていましたが、後に7万円強で購入した包丁はこれに比べると、よく切れました。切れ味は値段にほぼ比例すると言って間違いはないでしょう。

 平成13年の年末、或るそば打ち教室の道具購入を任されました。インターネット、雑誌など様々調べましたが、大体2万円出せばそこそこの包丁が買えるということが解りました。その時2万円程度で何丁か買った中では、この包丁が一番良かったと思います。(なお、全く宣伝費などもらっておりません。(笑))

 ともかく安く始めよう、という方には、数千円のステンレス製も悪くはありません。暫くやってみて、欲しくなれば新しいのを買う、古いのは、新しく始めた友人に回す、そんなやり方もあるかと思います。
 包丁は生涯一本、さて何を買ったらいい?と聞かれると、値段的には6から9万円、白紙又は青紙といわれるハガネ入りの33センチの包丁がお勧めですね。

(新しい包丁の購入  道具と腕の関係)
 平成13年の末、私個人用の包丁を新調しました。川越蕎麦の会さんから購入しました。このページのうち、尺一寸の青二鋼の包丁です。素人の道楽にしてはちょっと高い買い物でしたが、考えてみれば、ゴルフの最新ドライバー一本程度。長く使うという意味では、包丁の方がずっと経済的かも知れません。

 購入に至ったのはこういう事情でした。
 私はそば打ちを始めて、その時点でまる7年。その間一年に200キロ打った年もあり、全体として1トン、1万食くらいは打った計算になります。その割には、切りが下手なのです。自分でいうのも何ですが、私は子供の頃から、手先が器用といわれていました。だから、不器用だから下手、ということにはなりません。どうしてプロのように、あの「トントントン」というリズムで切れないのか?すべて我流の私は、教えてくれる先生もなく、悶々としていました。そうしたある日、突然、はっと思い至ったのです。不器用というわけでない、経験もそこそこ積んだ、にもかかわらず、進歩しないのは、残された要素、「道具」のせいではないか、という事に。
 道具を変えたから上手になれるという保証はもちろんありません。しかし私はその可能性にチャレンジしたくてしたくてたまらなくなったのです。そして、よくよく吟味して、というよりはほぼ衝動的にこの包丁を買ってしまいました。友人の蕎麦屋さんが同じ物を使っていて、「いい包丁だ」と太鼓判を押してくれたことが、引き金になりました。

 肝心の使用感ですが、これはやはり「素晴らしい」というほかありません。重ねた麺帯に、吸い込まれるように包丁が入っていきます。実は私は、幅にして5〜6センチ、40〜50回ほど切ると腕や手が全体に固まってしまうというか、力が入って思うように切れない、そんな状態になっていました。
 ところが、新しい包丁だと、10センチはおろか20センチでも続けて切っていくことが出来るんです。腕や手に力が入りすぎて切れなくなるのは、全てではないにしても、切れない包丁のせいだったのかも知れません。
 
 私は、素人のそば打ち、を自認し、素人というところに特別の思いを込めていました。そのため、道具についてはできるだけその辺にあるもの、または安く買えるものを使うべきだと考え、自分なりにそれを実践してきました。手製の駒板やステンレス製の木鉢で大会に出てきたのもそういう意味を込めていたのです。安い物を使いやすく使う、これが素人のそば打ちだという考えです。その考えは間違っていないと思いますし、これからもその考えでいこうと思いますが、新しい包丁を購入したことで、包丁は別だとの意識が強くなりました。
 というのは、いい道具は場合によって上達を早め、仕事を楽にするということです。一日に一玉打つのと、十玉二十玉を打つのは、全く別物です。従って、職人は道具を選ぶのでしょう。簡単な話が、蕎麦を切るにしても、一玉を1時間かけて打つのであれば、何も「トントントン」と調子良く切る必要もなく、ゆっくり切って送る、切って送るという動作を慎重にやればいいだけなんです。初心者はまず時間をかけても丁寧に確実に切ることが出来るように練習するべきです。

 ある程度そば打ちをやってきて、もっと上達したいのに、努力の割には進歩が見えない、そんな時、「道具」を考えてみるのもひょっとしたら有効かも知れません。「高価でも、いい道具はやはりいいもので、一概に否定すべきでない」という風に今は考えています。
 
 新しいそば包丁を購入した直後は、この包丁で自分のそば切り技術も一挙に進化するのでは、と期待を抱きましたが、やはりそうは問屋が卸しませんでした。良い包丁でいいそばが切れるようになったことは間違いありませんが、スピードはたいして上がりませんでした。今は、スピードよりは正確さだとやや居直った気持ちで確実に切ることを心がけています。素質が必要なのでしょうかね。しかし、素質がなくてもいい蕎麦は切れますから、皆さんご心配なく。素人はあくまで切り揃えることがまず重要です。 

<駒(小間)板>
 延ばした麺を畳んで切るときの包丁のガイド役。これから手打ち蕎麦を始める人には必需品です。地方によってはこれを使わず、手の指をガイドにする、いわゆる「手駒」というやり方があるにはあるが、素人向きではありません。

 これを包丁で少しずつ押していくことで細くも太くも自由に麺を切ることができます。軽いものが使いやすいと思います。私がかつて長く使っていたものは、板の部分が桐で包丁の当たる部分が堅い桑の木でした。合羽橋の入り口菊屋橋交差点の角にある「竹むら」で3千円程度で買いました。2千円位からあります。あまり重くない方がいいと思います。

 包丁の当たる面に角度をつけた物もたまに見られますが、直角のものとすべきです。また、ものによって刃の当たる部分(枕ということにします)の高さが違っています。私が持っているものでも、低いもので15ミリから35ミリの高さのものまであります。
 例えば、2センチのものと3センチのものを考えてみて下さい。切り終わって、刃先がまな板に着いている状態で、包丁の左側の腹は駒板の枕にぴったりと付いています。この状態で、包丁を左に倒したとき、同じ角度だけ倒したとしたら、どう違いが出るでしょうか。そうです、枕の高さ3センチの方が、より大きく左側に動きます。そのまま切れば、3センチの方は太い蕎麦になり、2センチの方は細めの蕎麦になるということになります。

 つまり駒板は、枕の高さが低くなればなるほど、包丁のアクションに比して板自体の移動幅が小さくなる、つまり細く切りやすくなる、ということが言えます。枕の高い駒板は、細くしようとしたとき、加減が難しく、つい太くなりがちなのです。こんな事もあってか、プロには高さの低い駒板を使っている人が多いように思います。写真で見ると「翁の高橋さん」(今は、「達磨の高橋さん」といわなければいけないのでしょうね。)の枕は1センチくらいしかないように見えます。極端に低いです。 

ただし、枕の低い駒板は、危険です。つい調子に乗って枕をとばして、駒板を押さえていた左の指を切ってしまった、というようなことも現に起こっています。初心者の方は、3センチ程度のものをそのまま使って下さい。さらに、その予防策として、左手は、枕から5センチ以上離して置くようにすることです。

 駒板の大きさですが、参考までに私が使っているものの大きさを記しておきます。幅25センチ、長さ33センチ、高さ20ミリ、板の厚さ4ミリです。幅は標準的、長さはやや長め、厚みは薄め、高さは既に記した通りです。切り進んで最後の端のほうになったところで、長さがある板のほうが使いやすくなります。口頭では説明しにくいですが、やってみればわかります。普通の長さのものをまず買って、使ってみてから長めに乗り換えることでもいいです。そう高いものではありませんので。
 中に、『うづくり』といってこま板の下()側に杉を使い、板が動いていく方向に木目を浮き上がらせたものがあります。こま板を真っ直ぐ左の方向に動かしていくことは実はとても難しいのです。気づかぬうちに手前か向こう側かに曲がっています。基本的にはのし方か切り方に問題があるのですが、浮き上がった木目がガイドの役割を果たし、こま板が曲がるのを少しは矯正してくれる利点があると考えられます。対症療法ではありますが、少しは効果があります。ただ、基本は何と行っても均一なのしと包丁使いですから、それの上達が何より大事です。

 親指と人差し指でつかみやすいようにT字型に補強を入れたものが見られますが、これを使うと左手で駒板を動かす癖がつきやすそうに感じます。やめた方が賢明です。板の部分が薄めのものがいいと思います。切りの最終段階、駒板の先が切り板について、左手の真下は浮いた状態になったとき、左手の力で少し板がたわむ位が適当です。その理由は後で書きます。

 駒板を動かすのは左手ではなく、包丁です。つまり、切り終わって包丁の刃の部分が切板に付いた状態で包丁を少し左側に倒すことにより、駒板を切り幅だけ動かすのです。(右利きを前提としています。)これを実行している限りは、最初は下手でも必ず上達します。これが簡単なようで意外に難しいんです。いくら言っても左手で引いてしまう人がいます。左手は上から押さえるだけです。心して下さい。
 プロの動作も分解すれば基本は同じだと思いますが、切り下ろすのと包丁を倒す動作が一体化しています。目にも止まらぬ速さで切れるのは、まさに熟練の賜物でしょう。素人、それも初級者は、「切る」「倒す」という二段階のアクションを確実にやって下さい。いずれは切る倒すを1アクションでやりたいのですが、当面はこれに心を奪われてはなりません。といいますのは、結構これに心を奪われ、のしまではかなり上手にできているのに、最後の切る段階ですべてをダメにしてしまっている人が少なくないのです。早く切らなければと思うあまり、不正確な切り方になり、いかにも素人のそばという感じになってしまうというわけです。

 素人は、山ほど蕎麦を打つわけではありませんから、あわてて早く切ろうとしないでゆっくり確実に切っていくことです。あわてると必ず不揃いの蕎麦になります。「ちょっと速く切ったから」というのは果たして言い訳になるでしょうか。ゆっくり確実が一番です。私は何度も言っていますが、決して切りが早くはありません。遅いです。どうしても早く切れません。全麺協の段位認定では、制限時間がありますが、ゆっくり丁寧に切っても十分に時間内に打ち終えることができます。スピードよりは確実さが大事だと思います。

 重い包丁を使いますので、初めはどうしても右腕全体に力が入り、ひどいときにはかちんかちんになってしまいます。これでいいそばが切れるわけはありませんね。しかしほとんど例外なくそうなりますから、自分だけだと思う必要はありません。
 いかに力を抜くか。一つのヒントは、包丁を真上から真下方向に押し切りにしないことです。包丁を手前から遠い方に5センチくらい滑らせるつもりで軽く押してみてください。全く力を入れないのに見事に切れませんか?板前さんが刺身を切るときどう切っていますか?この場合は引き切りですね。手前に引いています。真上から押してはいません。これの反対をやればいいのです。前方に滑らせる。このコツが分かれば、細くきれいに切れるようになります。包丁は引いたり押したりしたときによく切れます。ただ押しつけても一定の圧力がかかるまでは切れません。蕎麦を押し切りにすると角がきれいに切れないといわれるのはその為です。

 前方に包丁を滑らせて、とやって見せながら指導してもなかなか会得できない人もいます。やっているつもりでもそうなっていないということはよくあります。多くは上から力まかせに押し切りにしています。あまりよく切れない包丁を使って真上からの押し切りでは、力も要りますが、切り口がきれいな正方形になるはずがありません。おまけにざらざらしたものになります。
 
 いずれにしても、かなり重い包丁を使いますので、初めは包丁自体のコントロールが難しいと思います。しかし、慣れれば上手にコントロールできるようになりますので、簡単に諦めないで下さい。

 以上の打ち棒、蕎麦切り包丁、駒板については、手打ち蕎麦を志す以上なくてはならない道具です。この写真は私が打ち始めたころに使っていた道具のセットです。

<切り板>
 まな板のことです。きちんと平らになっていないと蕎麦がうまく切れません。何しろ、コンマ何ミリの世界です。したがって、使い古して真ん中がへこんでいるような家庭用のものでは絶対にうまく切れません。コストを考えると厚さ1センチ程度のシナベニヤ板がいいでしょう。ホームセンターに売っている大きな抗菌まな板も良さそうです。

 幅30センチ、長さ60センチは必要です。合板は意外に狂いがでません。どんな立派なまな板も一枚板の場合初めから少し狂っているか、水分などで狂いが出ます。少しでも狂っていると、折り畳んだ一番下のところが繋がってしまいます。「きれいに切れた」と喜んで持ち上げてみたら切れていなかった、という時ほど惨めなことはありません。業界用語で、『いかだになる』という言葉まであります。
 ただし、少々の狂いは、切り板の上に多めに打ち粉を振ることで、ごまかしが利きます。たたんだ麺体を切り板の上にしっかり固定するためにも、切り板の上に十分打ち粉を振って下さい。一つしか打たないときは、次に使い回しがきかないので、もったいなくはありますが、けちけちしないで、必要なものは使うことが、仕上げをきれいにするこつの一つだと思います。もちろん無駄に使えといっているのではありませんよ。

 なお、使った打ち粉はメッシュ60以上のふるいでふるえば再利用できます。しかし、新しい打ち粉とは混ぜないでください。一度使った打ち粉は多少なりとも水分を含んでいます。つまり、常温で保存するとカビが出る可能性大です。翌日まで持ち越さない方がいいと思います。勿体ないという方は、冷凍室に入れておけば暫くは大丈夫です。
 
(小さな工夫)
 包丁は手前から前方へ押し切りにします。そのため切り板が前に前にずれていきます。これを防ぐため、切り板の裏にストッパーをつけましょう。これは必須です。切り板が滑ったのでは絶対にうまく切れません。幅15ミリ、厚さ5ミリ程度の細長い板を購入し、両面テープで切り板の裏になる面のはじに張り付ければそれで大丈夫です。
 また、畳んだ麺体は引きずって切り板の上に持ってくることになります。この時、板の角で、せっかく延ばして畳んだ麺体が破れてしまうことがしばしばです。この対策は至って簡単。カンナで板の角を削るだけです。効果は絶大です。サンドペーパーでやってもいいでしょう。お試し下さい。


<その他の道具>
 以上が主要な蕎麦道具ですが、そのほか必要な道具を列記すると次の通りとなります。大半のものは、家庭用の道具で当面代替できると思います。

 計量カップ、はかり  蕎麦粉や水の分量などを正確に計量するために必要です。透明な1リットルのメジャーカップと2キロまで計れるデジタル式のはかりがおすすめです。1キロのデジタルはかりはどこでもありますが、2キロとなるとなかなか無いかも知れません。その場合はもちろん1キロでも結構です。蕎麦打ちでは特に、水の量を正確に計る必要があります。デジタル式のはかりは是非とも持っておきたいものです。入れ物を置いた状態でゼロ表示できますので、計量がとても簡単になります。  

 篩(ふるい) 水回しにはいる前に粉を篩にかけますが、このときの篩の目はあまり小さいと時間がかかる上、目を通らないものがかなり出てきます。ふるい分けるのでない限り、やや粗い目の篩を使って下さい。しかしあまり粗いとふるいを使う意味がありません。ケーキ用のものでも代用できますが、メッシュ30程度のものを使ってください。メッシュは大きいほど目が小さくなります。一度使った打ち粉をもう一度使うときに目の小さな篩が必要になります。私のはメッシュ80です。

粉篩い用の直径は、しまう時のこともありますが、大きいものの方が後々使いやすいと思います。打ち粉篩い用は小さ目でも十分使えます。私の場合は、仕舞うときのことを考え、メッシュ80の篩をちょっと小さめのものにしています。メッシュ30の篩の中にすっぽり入ります。 

 大型の鍋  茹でるときは、できるだけたくさんのお湯でやりたいので、住宅事情が許せばかなり大きめの鍋を用意してください。一番上から5センチ程度の幅で段がついて広がっている鍋がありますね。吹きこぼれしにくいので、これがおすすめです。ただし、ガスコンロの火力が弱いときは、大きすぎる鍋は煮立ちにくくなります。火力とのバランスもお考え下さい。火力が弱くて、小さめの鍋しか使えないときにどうすればいいか。一回あたりの茹でる量を少なくするしかありませんね。

 あげざる(すいのう)
  鍋からそばをあげるとき使うもの。家庭用のものでも代用できます。

 蕎麦猪口  いろいろ集めると楽しい。骨董品も結構出ていますよ。 

 じょうご  汁を作って容器に詰めるときなど、あると便利です。 

 鮫皮おろし  生ワサビをするために使います。雰囲気を盛り上げる小物でもあります。大、中、小とありますが、使い易さを考えるとあまりに小さいのは駄目です。中以上にしましょう。 

 作務衣、男性用エプロン、帽子  素人ほど格好が大事です。衛生上からも帽子は必要です。必需品と考えて下さい.

 以上、全部一辺に入手すればかなりの出費となりますが、すべてが最初からの必需品と言うわけでもありません。高いものを買う必要もありません。いくらかでも上達してからの方が道具を見る目も育ちますし、自分の好みもはっきりしてきます。慌てず、少しづつ買い揃えていくようにしたらどうでしょうか。
 

 以上で解説は終わりです。私は次の図書を座右の銘としていつも参照していますので、さらに勉強したい方のために紹介しておきます。

·       上野薮蕎麦   鵜飼良平の「手打ち蕎麦のすすめ」   フー ディアム・コミュニケーション(株)

·       そば・うどん技術教本  第一巻 そばの基本技術   柴田書店編

·       片倉康雄    手打そばの技術   旭屋出版

·       「日曜日の遊び方」シリーズ  手づくりの蕎麦・ うどん 雄鶏社   


 
 

感想、お気づきの点は ita@mxp.mesh.ne.jp までメール下さい。
待っています。

      おわり ホームページへ戻る