拝島で青梅特快を降りて、跨線橋を渡っていると西武鉄道への乗り換え案内の看板が目に入った。そういえば西武拝島線が入っていたのね。
八王子方からウグイス色の103系が入線。8分ほど停まっているようなので、ゆっくり写真を撮るなどしてから乗り込んだ。ここまで来ると辺りには田園が広がり、乗客の数とも相まって、すっかり郊外電車の雰囲気。
飯能辺りで西武線の上を走る。ステンレスに青い帯の電車が、走っていくのが見えた。西武というと「黄色い電車」のイメージが強いが、都営地下鉄の車輛ででもあるのだろうか。鉄研部員がこんなこと言っていていいんだろうかと思うが、私は知らないのだ (^_^;;
15時27分、高麗川(こまがわ)に到着。
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キハ110系と103系電車(高麗川) | たかべんの広告 |
「八高北線」用の島式ホーム2番線にはキハ110(ひゃくとお)系が既に入線していた。ここでも発車まで時間があるので、構内をぶらぶらする。
東側の側線ではDD51型ディーゼル機関車2機が入れ替え(?)をしていた。何故かカメラを持った人が目についたが、何かあるのだろうか?
この八高線の南側の区間「八高南線」、拝島-高麗川間は、’96年3月のダイヤ改正で電化され、「八高南線」~川越線の八王子-高麗川-川越間で直通運転が行われている。非電化で残った高麗川-高崎間も、同時に車輛がキハ30系列からキハ110系に置き換えられている。このキハ110系は、私のお気に入りの車輛のひとつ。
乗車する車輛のドア脇には、たかべん(高崎弁当)の広告がペイントされていた。
15時53分、高崎行き241Dは発車した。やはりキハ110は加速がいい。最高速度では80Km/h位でていたようだ。
Y氏はどうやら「かぶりつき」をお気に召されたご様子。ワンマン運転でなければ、運転席のすぐ横から前面展望を楽しめるのだが、この列車はワンマン運転で、運賃箱が邪魔して前のスペースに入れないばかりか、立ちづらい。
越生(おごせ)で上下列車の交換。東武東上線の越生線が乗り入れてくる。
小川町でも東武東上本線が絡んでくる。おもえば、この八高線にはいろいろな私鉄線が絡んできている。拝島・東飯能では西武線。越生・小川町・寄居では東武東上線。寄居ではさらに秩父鉄道。
そろそろ無人駅が出てくる。N氏が整理券を記念にと取ったら、運転士が飛んできて、回収されてしまった。そりゃそうだろうね。不正乗車になりかねないもの。使用済み切符を記念に頂くのとは訳が違う。
つぎは竹沢。元々は東武東上本線に竹沢駅があったのだが、国鉄八高線の開業時に、名前を譲って「東武竹沢」に改称している。
荒川を渡ると、寄居。先ほど分かれた東武線が向こう側から入ってくる。秩父鉄道も通っている。「寄居」の名の通り、5方から鉄道が寄ってきているのだ。ここでも上下列車の交換がある。車内はずっと混んでいる。
高崎の保存車両群を見ながら、17時25分、終点高崎に到着。
だるま弁当を入手して、17時32分発の471Mに乗り込む。物凄い混雑。車輛は107系。ロングシートだ。
新前橋から両毛線に入り、3月に開業したばかりの「前橋大島」を通る。駅前はまだ工事中。この混雑もせいぜい群馬県内の桐生辺りまでしか続かないだろうと思っていた。しかし、伊勢崎で面白いように降りて、なんとがらがらになってしまった。本当に面白いように降りた。
桐生でN氏とわたらせ渓谷鐵道の車輛を撮るために電車を降りた。本当は2分ほど停まるはずだが、遅れていたのかすぐに発車ベルが鳴ってしまった。いそいで飛び乗る。撮影は失敗。
乗客はぱらぱらと増えていく程度で、19時03分頃、栃木に到着。ここでJRの乗車区間は終わりである。久方ぶりに改札を出た。栃木の駅舎が、夕焼け色に染められて建っていた。
普通に乗車券を買って、東武のホームへと行った。すぐに東武宇都宮行きの2295レが入った。19時10分発、車輛は10030系。次の新栃木で前2両が切り離されるのだが、方向幕が間違っていて、前の2両が終点まで行くようになっていた。新栃木で乗り移ることになった。この路線はまぁまぁ乗るし、陽もすっかり暮れていたしで、あまり書けそうなことはない。心地よい疲労感と宵闇に包まれながら、東京街道のライトの流れの上を越えて、カーブを切ると、19時58分、終点・東武宇都宮に到着である。(終わり)
(1999.7.8 福田 隆臣)